「The primacy of mania: A reconsideration of mood disorders(躁病優位説:気分障害の再考)」2020 Athanasios Koukopoulos and S. Nassir Ghaemi の要約と、その内容の分かりやすい解説です。
この論文は、現代精神医学の「うつ病中心」の考え方に真っ向から異を唱える、非常に刺激的で重要な提言です。
1. 論文の要約
【背景】
現在の精神医学では、「うつ病」と「躁病」を別々の独立した状態として捉えています。一般的にうつ病は非常に多く、深刻な問題とされますが、躁病は双極性障害の一部として稀に起こるものと見なされがちです。
【提言:躁病優位説(Primacy of Mania)】
著者らは、この関係を逆転させるべきだと主張します。
- 躁の再定義: 躁状態を単なる「上機嫌で多動な状態」ではなく、もっと広く「精神的・身体的な興奮(エキサイトメント)プロセス」として捉え直すべきである。
- 因果関係の逆転: 躁とうつが交互にくるのではなく、「うつ状態は、躁(興奮状態)によって引き起こされた結果である」という仮説を提案します。つまり、脳が過剰に興奮し、エネルギーを使い果たした後の「燃え尽き」や「反動」がうつ状態の本質であるという考え方です。
【臨床的・治療的意義】
もしこの仮説が正しければ、うつ病の治療法は根本から変わります。
- 現在の治療: 抗うつ薬で気分を「持ち上げよう」とする。
- 新提案: うつの原因である「躁的な興奮」を抑える。そうすることで、二次的な結果である「うつ」を予防する。
2. 専門用語を抑えた分かりやすい解説
この論文が言いたいことを、身近な例えを使って説明します。
① 「うつは躁の『筋肉痛』や『バッテリー切れ』のようなもの」
これまでの常識では、「うつ」と「躁」はシーソーの両端のような関係だと思われてきました。
しかし、この論文の著者(クーコプロス博士ら)は、「躁(興奮)こそがエンジンであり、うつはそのエンジンがオーバーヒートした後の故障状態である」と言っています。
激しい運動(躁・興奮)をした後に、体が動かなくなる(うつ)のは当然の反応です。この場合、本当の「病気の原因」は動けなくなったことではなく、その前の「異常なまでの激しい運動」にあります。
② 「躁」のイメージを広げる
「躁」というと「ニコニコして絶好調な人」を想像しますが、この論文では以下の状態も「躁(興奮系)」に含めています。
- イライラして落ち着かない
- 頭が休まらず、考えが次々浮かぶ
- 不安でたまらなく、焦燥感がある(激越状態)
これら「エネルギーが過剰に回っている状態」があれば、それはすべて躁の仲間であり、その後に必ず「うつ(エネルギー切れ)」を招くというわけです。
③ なぜ「抗うつ薬」ではなく「気分安定薬」なのか
もし「うつは躁の結果」であるなら、元気がないからといって抗うつ薬で無理やりエネルギーを注入するのは、「オーバーヒートして止まったエンジンに、無理やりガソリンを注いで火をつけようとする」ようなものです。これでは一時的に動いても、さらに激しく燃え尽き、病気(サイクル)が深刻化してしまいます。
本当に必要なのは、エンジンの回転数が上がりすぎないように調整すること(リチウムなどの気分安定薬や、抗精神病薬による鎮静)です。躁の火種を消しておけば、反動としてのうつも起こらなくなる、というのがこの論文の核心です。
結論としてのメッセージ
この論文は、「うつ病と診断されている人の中にも、実はその背景に『脳の隠れた興奮プロセス』が隠れているケースが多いのではないか?」と問いかけています。
単に「気分を持ち上げる」治療ではなく、「興奮の波を静める」治療こそが、双極性障害だけでなく、多くの「うつ」を救う鍵になるかもしれない、という画期的な視点を提供しています。
