「Psychopathological characteristics and adverse childhood events are differentially associated with suicidal ideation and suicidal acts in mood disorders(気分障害における自殺念慮と自殺企図には、精神病理学的特徴と逆境的な小児期体験がそれぞれ異なって関連している)」2018の要約と解説です。
この研究の最大のポイントは、「自殺を考えること(念慮)」と「実際に自殺を試みること(企図・行為)」では、関わっているリスク要因が異なるという点にあります。
1. 論文の要約
【目的】
気分障害(うつ病および双極性障害)の患者において、「絶望感」「気質」「小児期のトラウマ」「攻撃性」が、自殺の「考え(念慮)」と「行動(企図)」にそれぞれどのように影響しているかを検証すること。
【方法】
306名の気分障害患者(うつ病、双極I型・II型)を対象に、各種心理尺度を用いて詳しく調査しました。
【結果】
- 自殺念慮(死にたいと考えること)に関連する因子:
- 絶望感(Hopelessness): 特に「将来への期待の喪失」が強く関わっていました。
- 自殺企図(実際に試みること)に関連する因子:
- 小児期の情緒的虐待: 子供の頃に受けた心理的な虐待が、将来の行動に強く影響していました。
- 現在のうつの重症度: 今現在の落ち込みが激しいほど行動に移しやすい。
- 女性: 本研究のサンプルでは女性の方が企図率が高い傾向にありました。
- 守ってくれる因子(保護因子):
- 発揚気質(Hyperthymic temperament): 普段からエネルギーが高く、前向きな気質の人は、自殺を試みるリスクが低いことが分かりました。この「発揚気質」こそが、「考えるだけで止まる人」と「実行してしまう人」を分ける鍵となっていました。
【結論】
自殺念慮には「絶望感」が関わりますが、実際の自殺行為には「うつの重症度」だけでなく、「小児期の虐待歴」や「元々の気質」が深く関わっています。臨床現場ではこれらを分けて評価する必要があります。
2. 分かりやすい解説:なぜこの発見が重要なのか?
この研究は、医療従事者が患者さんのリスクを評価する際の「視点」をアップデートさせる内容です。
① 「絶望」は「考え」を生むが、「トラウマ」は「行動」を促す
「将来に希望が持てない(絶望)」という状態は、人を「死んだほうがましだ」という考えに導きます。しかし、それだけでは多くの人は行動に移しません。
実際に自傷や自殺未遂という「行動」に移してしまう背景には、子供時代に受けた心の傷(情緒的虐待)などの、より根深く、衝動性を高める要因が隠れていることが多いのです。
② 「性格(気質)」がブレーキになる
非常に興味深いのは、「発揚気質(明るく元気な性格の土台)」が強力なブレーキ(保護因子)になっているという発見です。
たとえ「死にたい」という考えが頭をよぎったとしても、この気質を持っている人は、実際に自分を傷つける行動には至りにくい傾向があります。これは、その人が持つレジリエンス(回復力)の一助となっていると考えられます。
③ 臨床での活用
もし、目の前の患者さんが「死にたい」と言っている場合:
- 考えを聴く: 今、どれくらい将来に絶望しているかを確認する。
- 行動を予測する: 過去に虐待などのトラウマがあるか、もともとの性格はどうだったかを確認することで、その人が「実行に移してしまうリスク」がどれくらい高いかをより正確に予測できます。
まとめ
「死にたいという思い」に寄り添うことは大切ですが、医療としてはさらに一歩踏み込んで、「その人の生い立ち(トラウマ)」や「もともとのエネルギー(気質)」を見ることで、本当に危険なサイン(実際の企図)を見逃さないようにすべきだ、という教訓を与えてくれる論文です。
