「A Case of Resolution of an Acute Psychotic Episode After High Fever(高熱の後に急性精神病エピソードが消失した一例)」2014の要約と解説です。
非常に珍しく、かつ精神医学の歴史的背景とも関連する興味深い報告です。
1. 論文の要約
【背景】
19世紀末から20世紀初頭にかけて、精神病の治療として意図的に熱を起こさせる「発熱療法(パイレートセラピー)」が行われていました。しかし、けいれん療法(電気ショック療法など)の導入により、この手法は廃れました。本論文では、現代において高熱をきっかけに症状が劇的に改善した統合失調感情障害の症例を報告しています。
【症例】
- 患者: 異国に到着した直後に、激しい恐怖感、幻聴、被害妄想を発症した統合失調感情障害の男性。
- 経過: 入院し、オランザピンとハロペリドール(抗精神病薬)で12日間治療を受けましたが、十分な改善は見られませんでした。
- 転機: 治療中に尿路感染症による高熱を発症。血液検査でCPK(筋肉の酵素)値が上昇したため、悪性症候群(薬剤による危険な副作用)を疑い、直ちに抗精神病薬を中止しました。
- 結果: 熱が下がると同時に、それまで頑固に続いていた精神病症状が直ちに消失しました。その後、薬を少量再開しましたが、症状は再発せず、無症状のまま退院しました。
【結論】
この経過は、発熱が精神病症状の改善に有益な役割を果たしたことを強く示唆しています。体温の変化と精神症状の関連については、さらなる研究が必要です。
2. 分かりやすい解説
この論文がなぜ注目されるのか、3つのポイントで解説します。
① 忘れ去られた「発熱療法」への回帰
昔の精神科病院では、「熱病を患った後に、それまで狂乱状態だった患者が突然正気に戻る」という現象が時折観察されていました。これに注目したオーストリアの医師ワーグナー=ヤウレックは、梅毒による麻痺性痴呆の患者にマラリアを感染させて高熱を出させる治療法を開発し、1927年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
今回の報告は、現代の薬物療法下でも、同様の「熱による劇的な回復」が起こり得ることを示しました。
② 脳の「再起動(リセット)」のような現象
なぜ熱で精神病が治るのか、完全なメカニズムは分かっていませんが、以下のような説があります。
- 免疫系の活性化: 高熱が出ることで免疫細胞が特定の物質(サイトカインなど)を放出し、それが脳内の神経伝達物質のバランスを劇的に変える。
- 脳の温度変化: 脳の温度が上がることで、異常な活動をしていた神経回路が一度リセットされる。
③ 臨床的なメッセージ
この症例で重要なのは、薬を止めたにもかかわらず(むしろ止めた後に)、熱が下がると同時に症状が消えた点です。
「精神病=脳の機能異常」という視点だけでなく、「体全体の免疫反応や代謝状態」が脳の症状に深く関わっていることを再認識させる内容です。
補足
もちろん、現代において「わざと熱を出す」治療はリスクが高すぎるため行われませんが、この症例は「脳と免疫のつながり」を解明する上で、非常に重要なヒントを専門家に提供しています。
もし、精神疾患を持つ方が風邪などで高熱を出した際に、一時的に精神症状が落ち着く、あるいは逆に悪化するといった現象があれば、それは脳内の炎症状態や免疫反応が関与している可能性がある、ということを示唆しています。
