「Agitated depression: spontaneous and induced(激越うつ病:自然発症と誘発性)」2009

「Agitated depression: spontaneous and induced(激越うつ病:自然発症と誘発性)」2009の要約と解説です。

この文献は、双極性障害研究の大家である故アタナシオス・クーコプロス博士らによるもので、「激越(焦燥感の強いうつ)は、うつと躁の要素が混ざった『混合状態』である」という視点を強調しています。


1. 論文(要旨・導入部)の要約

【核心となる概念】

  • 激越うつ病の定義: 伝統的な精神医学(クレペリンら)の視点に基づけば、激越(落ち着きのなさ、焦り)を伴ううつ状態は、単なるうつ病ではなく、「抑うつ」と「躁病的な興奮(エキサイタビリティ)」が同時に存在する「混合状態」と見なすべきである。
  • 症状の本質: 「内面の落ち着きのなさ(内面的な不安や震え、痛みを伴う緊張)」が常に存在しており、それが体の動き(そわそわ動き回る、叫ぶなど)として現れるかどうかは個人差がある。
  • 発生のタイミング: こうした気分は、うつから躁、あるいは躁からうつへ入れ替わる「移行期」に最も頻繁に現れる。

【精神医学の現状と課題】

  • 精神医学の最大の欠点は、病気の背後にある生物学的な仕組み(病態生理)が解明されていないことである。現在の診断は、見た目の症状(現象学)と、病気の経過に頼らざるを得ない。
  • 薬物反応というツール: しかし、私たちには「向精神薬」がある。ある薬(例:抗うつ薬)に対して患者がどう反応するかを詳細に観察することは、脳内でどのような異常プロセスが起きているかを知るための重要な手がかりになる。

2. 分かりやすく解説

この論文が臨床現場において何を重要視しているのか、3つのポイントで解説します。

① 「火(躁)」と「水(うつ)」が同時に起きている状態

通常の「うつ病」は、エネルギーが枯渇して動けない状態(静止)ですが、「激越うつ病」は、気分は絶望的(うつ)なのに、神経はギラギラと興奮(躁)している状態です。
著者らはこれを「躁と水が混ざった非常に危険なカクテル」だと説明しています。この状態では、エネルギーがある分、衝動的な自殺のリスクが極めて高くなります。

② 「自然に起きる場合」と「薬で起きる場合」

タイトルにある「Spontaneous and Induced(自然発症と誘発)」は非常に重要です。

  • 自然発症: 病気のサイクルの中で、躁とうつが入れ替わる時に自然に現れる。
  • 誘発: 単なるうつ病だと思って「抗うつ薬」を飲んだ結果、躁の成分(興奮)だけが刺激され、激しい焦燥感やイライラが引き起こされる。

③ 「薬の反応」を診断の証拠にする

著者らは、病気の正体(病理)が目に見えない以上、「薬を飲んだ後にどうなったか」を重視すべきだと述べています。
たとえば、抗うつ薬を飲んで「気分は晴れないのに、妙にソワソワして落ち着かなくなった、死にたい気持ちが強まった」という反応が出た場合、その人の脳の仕組みは「単極性うつ病(普通の発症)」ではなく「双極性(躁うつ病の素因)」を持っている、という有力な証拠になるという考え方です。


結論としてのメッセージ

この論文は、「うつ病の中に隠れている『躁(興奮)』の要素を見逃してはいけない」と強く警告しています。

もし、激しいイライラや落ち着かなさを伴ううつ状態にある人が、通常の抗うつ薬だけで治療を受けている場合、それは「火に油を注ぐ」結果になる可能性があります。その人の脳には、興奮を鎮める「気分安定薬」や「抗精神病薬」が必要かもしれない、ということを示唆している非常に重要な論考です。

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