2004年に発表されたこの研究(Zammitらによるスウェーデン徴兵研究)は、「病気になる前のIQ(知能指数)」が、その後の精神疾患の発症リスクにどう影響するかを調べた、精神医学において非常に有名な大規模調査です。
A longitudinal study of premorbid IQ Score and risk of developing schizophrenia, bipolar disorder, severe depression, and other nonaffective psychoses 2024
これまで提供していただいた一連の「遺伝子」や「細胞」の論文に、「認知能力(知能)」という新しいピースをはめ込む内容になっています。
以下に詳しく解説します。
1. この研究のユニークな点
通常、精神疾患の患者さんのIQを測ると、病気の影響でスコアが下がっていることがよくあります。しかし、この研究は「病気になる前(18〜20歳前後)」に測ったIQデータを使用しました。
- 対象: スウェーデンの徴兵検査を受けた男性 約5万人。
- 追跡期間: その後27年間にわたって、彼らが精神疾患で入院したかどうかを追跡しました。
2. 研究の結果:IQと病気の関係
解析の結果、病気によってIQとの関係性が全く異なることが分かりました。
- 統合失調症・重症うつ病・その他の精神病:
- IQが低いほど、発症リスクが高くなるという明確な傾向が見られました。
- 特に統合失調症では、IQが「高い人」に比べて「平均的な人」でもすでにリスクが上がっており、IQの全域にわたってリスクが分散していることが分かりました。
- 双極性障害(躁うつ病):
- 驚くべきことに、IQと発症リスクの間に全く関連がありませんでした。
- つまり、IQが高かろうが低かろうが、双極性障害になるリスクは変わらないということです。
3. なぜこの発見が重要なのか?
この結果は、「双極性障害の成り立ちは、統合失調症やうつ病とは少し違う」ということを示唆しています。
- 統合失調症や重症うつ病:
脳の発達段階(神経発達)において、認知機能に関わるネットワークの弱さが、将来の病気の発症しやすさと結びついている可能性があります。 - 双極性障害:
知能(認知機能)を司るシステムそのものの欠陥ではなく、「気分の調節」や「エネルギーの制御」に関わる別のシステムの異常が主原因であることを示しています。
4. これまでの一連の論文との繋がり(統合解説)
この2004年の研究を、これまで質問者様が提示された最新論文と繋げると、驚くほど一貫したストーリーが見えてきます。
- 2014年 (Merikangas / 躁とうつの独立性):
- 「躁」と「うつ」は別々のルートで遺伝すると言いました。
- 本論文との繋がり: IQが「うつ病」のリスクとは関係するが「双極性障害」とは関係しないという事実は、双極性障害が単なる「重いうつ病」ではなく、独自のメカニズム(躁の成分など)を持っていることを裏付けています。
- 2021年 (Rao / 遺伝子による鑑別診断):
- 遺伝子リスクスコア(PRS)を使って、うつ病と双極性障害を見分ける研究でした。
- 本論文との繋がり: 2021年の論文で「双極性障害とうつ病を見分ける鍵は前頭葉の細胞バランスにある」とされましたが、この「認知能力(IQ)」の差も、その診断の助けとなる有力な客観的指標の一つになります。
- 2026年 (Grotzinger / 14疾患の地図):
- 統合失調症と双極性障害は「SB因子」という共通グループに入れられていました。
- 本論文との繋がり: しかし、この2004年の研究は、「同じグループ(SB因子)に見えても、統合失調症は知能低下を伴いやすいが、双極性障害は知能とは無関係である」という、重要な「違い」を教えてくれています。
結論:この研究が教えること
この論文は、「双極性障害は、脳のハードウェア(知能)が壊れる病気ではなく、OS(感情の制御システム)の不具合である」というイメージを提示しました。
一方、統合失調症や重症うつ病は、ハードウェアのスペック(IQ)がリスクに直結している側面がある。この違いを理解することは、将来的に「IQのデータ」と「遺伝子データ」を組み合わせて、より正確に病気を予測し、一人ひとりに合った治療を選ぶために不可欠な知見です。
「躁(そう)は知能を問わず誰にでも起こりうるが、うつや統合失調症のリスクは認知機能の基盤と深く結びついている」という、精神医学の臨床において非常に重要な教訓を残した一冊です。
