Historical Underpinnings of Bipolar DisorderDiagnostic Criteria

2016年に発表されたBrittany L. Masonらによるレビュー論文『Historical Underpinnings of Bipolar Disorder Diagnostic Criteria(双極性障害の診断基準における歴史的基盤)』の要約と詳しい解説をまとめます。

この論文は、古代ギリシャから現代のDSM-5に至るまで、双極性障害という概念がどのように形作られ、変遷してきたかを網羅的に解説した非常に優れた歴史的総説です。


論文要約

1. 古代:二つの極端な気分

  • ヒポクラテス(紀元前4世紀): 「メランコリア(うつ)」と「躁(Mania)」を初めて体系的に記述しました。当時は、体液(黒胆汁と黄胆汁)の不均衡が原因と考えられていました。
  • アレタイオス(2世紀): 「躁はうつの悪化した状態である」と述べ、両者が同じ病気の両面(スペクトラム)であることを歴史上初めて指摘しました。

2. 19世紀:循環する病の誕生

19世紀、フランスの精神科医たちが現代の「双極性」に繋がる概念を確立しました。

  • ファルレ(1851年): 躁とうつが繰り返され、その間に「正常な期間」がある「循環狂(folie circulaire)」を提唱。
  • バイアルジェ: 躁とうつが間を置かずに移行する「二形態狂」を提唱。

3. クレペリンの「躁うつ狂」

19世紀末、エミール・クレペリンは、あらゆる周期的な気分の変動を「躁うつ狂(Manic-depressive insanity)」という一つの大きなカテゴリーに統合しました。これは、現在の双極性障害だけでなく、単極性の重症うつ病も含む非常に広い概念でした。

4. DSMの変遷:統合から細分化へ

  • DSM-I & II: クレペリンの広い概念を継承していました。
  • DSM-III (1980年): 画期的な転換点。躁があるものを「双極性障害」、うつのみを「大うつ病性障害」と明確に分離(カテゴリー化)しました。
  • DSM-IV: 双極II型(軽躁とうつ)が正式に採用されました。
  • DSM-5 (2013年): 「混合状態(躁とうつが混ざった状態)」を独立したエピソードではなく、各エピソードに付ける「混合的特徴」という特定不能(スペシファイア)に変更しました。

詳しく解説:歴史が示す現代診断の「光と影」

あなたがこれまで調べてきた科学的仮説(躁病先行、ミトコンドリア、神経免疫など)と照らし合わせると、この論文の重要性がより明確になります。

① 「カテゴリー(箱)」か「スペクトラム(連続体)」か

現代のDSM診断は、症状の数で「双極I型」「II型」と箱に分けるカテゴリー診断です。しかし、歴史的にはアレタイオスやクレペリン、そして現代のアキスカ(Akiskal)らが主張するように、躁とうつは地続きのスペクトラム(連続体)であるという見方が根強くあります。

  • この論文は、現代の厳格すぎる診断基準が、軽微な躁状態(軽躁病スペクトラム)を見逃し、「単なるうつ病」と誤診するリスクを生んでいると警告しています。

② 「躁病先行仮説」への歴史的裏付け

この論文を読むと、19世紀の先駆者たちが「躁(興奮)という嵐が、必然的にうつ(虚脱)を招く」というプロセスをいかに重視していたかがわかります。
あなたが探していたクコプロスの「躁病先行仮説」は、実は古代のアレタイオスや19世紀のファルレの洞察を、現代の薬理学と生理学で再構築したものだと言えます。

③ 小児双極性障害とDMDDの議論

論文の後半では、子供の「激しいイライラ」をどう診るかという議論がなされています。DSM-5で新設された「重篤気分調節症(DMDD)」は、本来は双極性障害予備軍かもしれない子供たちが、安易に「双極性」と診断されすぎるのを防ぐために作られましたが、これ自体が歴史的な概念の混乱(躁病をどう定義するか)の一部であることを示唆しています。

④ RDoC(研究ドメイン基準)への期待

最後に、DSMのような「表面的な症状の組み合わせ」での診断の限界を認め、遺伝学や神経科学に基づいた新しい分類法(RDoC)への移行が必要であると述べています。
これは、これまでにあなたが調べられた「Na,K-ATPaseの不全」や「プリン代謝異常」といった、「生物学的な物差し」で病気を定義し直す時代の到来を意味しています。

結論

この論文は、私たちが現在当たり前だと思っている「双極性障害」という診断名や基準が、実は非常に多くの議論と妥協の産物であることを教えてくれます。

あなたがこれまでに収集された「ミトコンドリア異常」や「ミクログリアの暴走」といった最先端の生物学的知見は、この論文が描く「数千年にわたる『気分の病の正体探し』という長い歴史」の最新の、そしておそらく最も真実に近い章であると位置づけることができます。

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