「ただのうつ」ではないかもしれない? 双極スペクトラム

「ただのうつ」ではないかもしれない?――最新精神医学が明かす「双極スペクトラム」5つの衝撃的な真実

「抗うつ薬を飲んでいるのに、なかなか状態が良くならない」「うつ状態で動けないはずなのに、頭の中がざわざわして落ち着かない」……。もし、あなたや身近な人がそんな「出口の見えないうつ」に悩んでいるのなら、それは単なる「うつ病」ではなく、別の姿を持った心の波かもしれません。

現代の精神医学において、単なる「うつ病(単極性)」と「躁うつ病(双極性障害)」の境界は、かつて考えられていたほど明確なものではなくなっています。現在では、これらを一つの広大なグラデーションとして捉え直す**「双極スペクトラム」**という概念が、治療の最前線で重要な鍵を握っています。

精神医学の知見が明かす、感情の波にまつわる5つの真実を紐解いていきましょう。

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1. 真実1:躁とうつは「白黒」ではなく「グラデーション」である

従来の診断では、落ち込みだけの「うつ病」と、激しい躁状態を伴う「双極性障害」を別物として切り分けてきました。しかし、実際の臨床現場で出会う感情の波は、もっと複雑で連続的なものです。

最新のモデル(図1:感情スペクトラム)では、感情を以下のような**連続体(スペクトラム)**として捉えます。

  • 単極スペクトラム側: 気分変調症(軽い不調が続く)、単一の大うつ病エピソード、慢性大うつ病、反復性うつ病
  • 双極スペクトラム側: 双極Ⅱ型(軽微な躁とうつ)、双極Ⅰ型(激しい躁とうつ)

このように、私たちの感情は明確な境界線のない数直線上に並んでいます。従来の二分法では、**「軽微な双極性(ソフト・バイポラリティ)」**を持つ人々を見落とし、適切なケアを届けられないリスクがあったのです。

2. 真実2:その「焦燥感」は、うつの中に潜む「躁」のサインかもしれない

「うつで気分はどん底なのに、イライラしてじっとしていられない」。こうした苦しさは、精神医学で「混合状態」と呼ばれます。Koukopoulos(コウコプロス)らの研究によれば、一見「うつ」に見える状態の中に、実は「躁」の成分が混ざり込んでいるケースが少なくありません。

「疾走し、充満する思考(racing and crowded thought)、転導性(distractibility)、精神運動性の、あるいは心的な焦燥(psychomotor and psychic agitation)、易刺激性(irritability)などを躁成分と考え……うつ病性混合状態であるとする」

つまり、止まらない思考やひどい焦燥感は、うつ病相に躁のエネルギーが入り込んだサインかもしれないのです。

ただし、ここには繊細な議論もあります。津田均氏は、この焦燥感を単に「躁の混入」と決めつけるのではなく、**「うつそのものが持つ、最も苦しく激しいエネルギーの形」**である可能性も指摘しています。いずれにせよ、この焦燥感を見逃さないことが、診断の大きな分岐点となります。

3. 真実3:抗うつ薬が「逆効果」になるリスク

双極スペクトラムという考え方が重要なのは、**「薬の選び方が180度変わる可能性があるから」**です。

Ghaemi(ゲミ)ら専門家は、双極性の要素がある場合、抗うつ薬のみを使い続けることが「躁転(気分が跳ね上がりすぎる)」や「状態の不安定化」を招くと警鐘を鳴らしています。彼らは、たとえ「うつ」の時期であっても、気分安定薬を優先的に使用すべきだと主張しています。

しかし、津田氏はこの「積極的な処方(aggressive)」に対し、慎重な視点も提示しています。薬物療法はエビデンス(科学的根拠)だけでなく、個人の尊厳や副作用のリスクを考慮し、治療関係の中で慎重に選ばれるべきだからです。事実、焦燥を伴ううつであっても、従来の抗うつ薬で鮮やかに回復する例も存在します。大切なのは、画一的な処方ではなく、自分の「波」の個性に合わせた微調整なのです。

4. 真実4:「執着気質」こそが双極性の土壌である

なぜ、これほどまでに激しい波が生まれるのでしょうか。日本独自の知見である下田光造の**「執着気質」**(仕事熱心、凝り性、責任感が強い)は、双極スペクトラムの「土壌」を理解するヒントになります。

この気質を持つ人は、普段から感情を高く維持し、何かに打ち込むことで自分を保っています。しかし、その「執着」が強まりすぎると、以下のような事態が起こります。

  • 躁的側面: 創造的活動への没入や、社会規範を跳ね返すほどの強い駆動力。
  • うつの深層: 活動的だった本来の自己から切り離される**「疎隔(そかく)」**の状態。

V.E. von Gebsattel(ゲプザッテル)は、現在の動けない自分とかつての活動的な自分との間の絶望的なギャップを埋めようとして空回りする状態を「焦燥」と呼びました。生物学的な「波」の背景には、こうした「自分を取り戻そうとする必死の足掻き」という人間的なドラマが潜んでいるのです。

【注意】すべての波が「双極スペクトラム」ではない

ここで重要な警告があります。「気分の浮き沈みがある=すべて双極スペクトラム」というわけではありません。

津田氏は、境界性パーソナリティ障害や、心理的な防衛機制としての「躁的防衛(辛さを隠すための空元気)」との鑑別を重視しています。双極スペクトラムの人は、治療の枠組みを根底から破壊することは少ないという特徴があります。安易な自己診断や過剰診断を避け、その波が「内因性(生物学的)」なものか、「心因性(性格や環境)」なものかを見極める専門的な視点が不可欠です。

5. 真実5:治療の鍵は「躁」を否定せず、振り回されないこと

双極スペクトラムの人にとって、躁的なエネルギーはその人の活力や創造性の源(サニー・サイド)でもあります。治療において重要なのは、それを「悪」として排除することではありません。

効果的な支援には、一見逆説的な、次の2つの態度が求められます。

  1. 必然性を認める: 躁的な振る舞いを単なる「異常」として退けるのではなく、その人にとって、そのエネルギーが必要であったという背景を尊重し、理解すること。
  2. 揺るぎない態度: 躁の勢いに周囲が過剰に共鳴したり、操作されたりしないこと。

患者は自分の躁的エネルギーに周囲が振り回されるのを見ると、無意識に「恥」や「不信感」を抱き、治療者を頼りなく感じてしまいます。治療者が揺るぎない安定感を保ち続けることこそが、波の中にいる患者にとっての最大の「安心の錨(いかり)」となるのです。

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結び:自分自身の「波」とどう向き合うか

「スペクトラム」という考え方は、あなたに新しい診断名のレッテルを貼るためのものではありません。むしろ、人間が持つ感情の多様なあり方を、より深く、ありのままに理解するための地図です。

単なる「うつ」の枠組みでは説明できなかった、あなたの内なる葛藤やこだわり。それは、あなたを苦しめる原因であると同時に、あなたを突き動かしてきた大切なエネルギーの一部でもあります。

あなたの内なる「焦燥」や「こだわり」は、今、あなたをどこへ運ぼうとしているのでしょうか?

その波の性質を正しく知ることは、自分自身を責めるのをやめ、自分のエネルギーを上手にコントロールしながら生きていくための、新しい人生の第一歩になるはずです。

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