「象徴的思考」という種火が、いかにして「言語」という大火となり、それが現代人の「幸福」という極めて主観的な感覚を規定するに至ったのか。
ここには、生物学的な限界を突破しようとする人類の、少し切なくも力強い進化のドラマがあります。
1. 象徴的思考から「言語」へのジャンプ
「埋葬」に見られるような、目の前にないものを「ある」と見なす能力は、言語の核心である**「置換(Displacement)」**という特性を生みました。
- 名前というラベルの誕生: 象徴的思考ができるようになると、特定の「音」や「記号」を、物理的な実体(リンゴ)だけでなく、抽象的な概念(愛、正義、死後)に結びつけられるようになります。
- 文法の進化(再帰性): 言語学者ノーム・チョムスキーらが指摘するように、人間は「Aの中にあるBの中にあるC」という入れ子構造(再帰性)を理解できます。これは「死んだ祖先(A)が、山(B)の向こうにある楽園(C)にいる」といった**「重層的な物語」を構築する力**となり、言語の爆発的な複雑化を招きました。
- 「もしも(仮定法)」の獲得: 「もし明日、獲物がいなかったら?」というシミュレーションが可能になったことで、人類は「今、ここ」の制約から解放され、文明を設計する力を手に入れたのです。
2. 「死後の世界」の想像が現代の幸福感に与える影響
進化論的に見れば、私たちは「死」を理解してしまったことで、凄まじい精神的ストレスを抱えることになりました。しかし、「死後の世界」という物語は、このストレスを逆手にとって「幸福」へと変換する巧妙なデバイスとして機能しています。
- 意味の充足による幸福(ユーダイモニア):単なる快楽(ヘドニア)ではなく、「自分は死んでも、自分の功績や子孫、あるいは霊的な魂が永続する」と信じることで、困難な状況下でも**「人生の意味」**を感じ、幸福度を高めることができます。
- 社会的つながりとオキシトシン:「死後の再会」を信じるコミュニティは、強い絆を維持します。儀式を通じて放出されるオキシトシン(幸福ホルモン)は、孤独感を和らげ、免疫系を強化します。現代社会において宗教離れが進む一方で、孤独や虚無感が増しているのは、この**「永続性の物語」の欠如**が原因の一つとされています。
3. 「物語る脳」のジレンマ:幸福と不幸の表裏一体
私たちの脳は、現実そのものではなく、脳が作り出した「物語」を生きるように進化してしまいました。
- 「将来の不安」という副作用: 死後の世界を想像できる脳は、同時に「将来の失敗」や「老い」を過剰にシミュレーションしてしまいます。これが、現代人が抱える慢性的な不安やうつ病の根源です。
- 幸福の「移動平均」: 進化は私たちを「絶え間なく満足させる」ようには設計していません。何かに満足すると、脳はすぐに次の目標(物語)を要求します(快楽の踏み車)。「死後の幸福」という究極のゴールを設定することで、人類はこの「終わりのない欲望」をようやく落ち着かせる場所を見つけたのかもしれません。
まとめ:私たちは「物語」の中で生きる生物
象徴的思考と言語は、人類を「物理的な動物」から**「物語を生きる存在」**へと作り変えました。
- 象徴的思考: 死者に花を添え、目に見えない価値を認める。
- 言語: その価値に名前をつけ、複雑な物語として共有する。
- 幸福感: 物語の中に自分の居場所を見つけることで、死への恐怖を克服する。
現代において、私たちが映画や小説に感動し、未来の夢に胸を膨らませ、あるいは故人を偲んで涙するのは、すべてこの「象徴と言語」の進化がもたらした人間特有の彩りなのです。
