kontadashi

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右と左はx軸、安定と不安定はy軸、安定を選ぶ

イデオロギーを選択せず、現状維持を選択する。「右と左の対立」と、「現状維持」は別の軸。右派と左派の間の中間のどのあたりかを選択するのではない。 現状維持という、別次元のものを選択している。 それが「現実的」だと選択している。 自衛隊、原発、...
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「資本家・既得権益者のための政治を世襲大名のような人たちが行う自民党的政治」、「国家主義的極右」、「西洋的自我を前提としたリベラル」

日本の政治の未来は、「資本家・既得権益者のための政治を世襲大名のような人たちが行う自民党的政治」、「国家主義的極右」、「西洋的自我を前提としたリベラル」というように、世襲貴族と極右、極左に分断されてゆくのではないか。極右、極左の対立のどちら...
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熟考しない、流される、責任を取らない、だまされたと嘆く

日本人は政治的問題について自立して熟考しない、マスコミや空気に流されて選択する、そして選択の責任をとらない。「だまされた」と言う。西欧的自律的個人的自我による民主主義と、日本的集団主義的空気支配的自己による民主主義は結局、違うものなのか。日...
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関係的主体 × 民主主義

1.関係的主体 × 民主主義 ― 理論的緊張民主主義(とくに近代リベラル型)は、個人が意見を持ち公共空間で主張し討議し決定に責任を持つという構造を前提にします。これはJohn Stuart Mill以来の「意見の自由市場」モデルです。一方、...
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関係的主体と責任

責任の引き受け方と、恥と良心の構造は同じ問題の裏表です。1.関係的主体は責任をどう引き受けるか■ 近代主体の責任近代主体では、私が決定した私が選んだだから私が責任を負う責任は「決定の帰属」です。この構造はImmanuel Kantの自律概念...
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関係的主体は自由を再定義できるか

これは、近代主体批判のその先にある問いです。結論から言えば――関係的主体は、自由を「孤立からの解放」ではなく「関係の編み直しの力」として再定義できる。ただしそれには条件がある。順を追って考えます。1.近代的自由の定義近代の自由は基本的に:他...
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空気と民主主義の両立可能性

1.空気と民主主義の両立可能性民主主義の前提は:公開された討議異論の可視化反対意見の正当性責任の所在の明確化日本の「空気」は:対立の回避曖昧な合意責任の分散同調圧力このままでは緊張関係にあります。■ しかし完全に相反するか?必ずしもそうでは...
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日本の「空気」は主体の未成熟か、それとも別様式か

これは単なる文化論ではなく、主体論そのものの再定義に触れる問いです。1.「未成熟」仮説この見方は、近代主体を基準にします。近代主体とは自律的内面に最終判断基準を持つ権威や同調圧力から距離を取れるこの基準から見ると、日本の「空気」は明確な対立...
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近代主体は本当に普遍的理想か

近代主体は「普遍的真理」ではない。しかし、強力な歴史的発明であり、今なお世界を規定している。順に解きほぐします。1.そもそも近代主体とは何か近代主体とは一般に:自律的理性的自己決定する外部権威から独立しているこのモデルはRené Desca...
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朱子学と近代主体の形成

1.朱子学は本当に近代主体の形成を妨げたのか?結論から言えば:朱子学そのものが「主体」を否定したわけではない。しかし「国家正統イデオロギー化」された朱子学は主体を狭めた。■ 朱子学に主体はあるのか?たとえば朱熹は「格物致知」を通じて理を究め...