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青年の主張全国コンクール、お疲れ様

まあ、最後は、お決まりの、青年の主張全国コンクールだね。そうしないと世の中でこの文章の場所を確保できない。ーーー患者に、あなたは存在しているだけでいいんですよ、と言うとき、そんなことを言う自分はなかなかいい治療者だなって思って家に帰る。患者...
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終章 それでも臨床を続ける理由

終章 それでも臨床を続ける理由――優しさが政治になるとき、席を立たないという選択 精神科医を続けていると、「なぜこの仕事をしているのか」と問い直す夜がある。 解決できない問題が、増えることはあっても減ることはない。制度は改善されるより先に劣...
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第12章 回復モデル以後の支援思想

第12章 回復モデル以後の支援思想――改善から関係へ、目標から持続へ ある夜、研修医だった頃の記憶がある。 担当していた患者が、深夜に病棟で泣いていた。四十代の女性で、うつ病の急性期を過ぎ、回復の途上にあると思われていた時期だった。私は声を...
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第11章 なぜ専門職は沈黙するのか

第11章 なぜ専門職は沈黙するのか――倫理的引き裂かれと燃え尽き 精神科医になって数年が経った頃、私はある上司に言われた言葉を今も覚えている。 「患者のことを社会の問題として語り始めたら、臨床家としては終わりだよ。私たちにできることをやれば...
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第10章 支援が制度に回収される瞬間

第10章 支援が制度に回収される瞬間――善意が管理に変わるとき 一人の精神保健福祉士の話を聞いたことがある。 彼女は学生時代、精神科病院の長期入院患者たちと出会い、「この人たちが地域で生きられるよう支援したい」という強い思いで福祉の道に入っ...
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第9章 「回復しないという生き方」の倫理

第9章 「回復しないという生き方」の倫理――治らないこと、変われないことをめぐって 七十代の男性患者がいた。 統合失調症の診断を受けてから、四十年以上が経っていた。その間、入退院を繰り返し、薬を変え、さまざまな支援プログラムを経験した。症状...
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第8章 回復が義務になるとき

第8章 回復が義務になるとき――希望・自己決定・前向きさの超自我化 ある患者が、こう言った。 「回復しなければいけないとわかっています。前向きにならなければいけないとわかっています。でも、できないんです。できない自分が、さらに情けなくて」 ...
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第7章 回復モデルとは何だったのか

第7章 回復モデルとは何だったのか――反体制的思想としての出発点 一九七〇年代のアメリカに、一人の女性がいた。 パトリシア・ディーガンという名の彼女は、十七歳のときに統合失調症と診断され、精神科病院に入院した。医師からは「この病気は慢性的な...
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第6章 医療・福祉という最後の緩衝材

第6章 医療・福祉という最後の緩衝材――なぜここにすべてが押し寄せるのか 「先生、もうここしかないんです」 そう言って診察室に来る人がいる。 仕事を失い、家族とも疎遠になり、行政の窓口をいくつか回ったが「うちの管轄ではない」と言われ続け、最...
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第5章 社会的抑うつとパニック

第5章 社会的抑うつとパニック――臨床の比喩としての現代日本 精神科医は、個人を診る。 しかしときに、窓の外を見るような気持ちになることがある。目の前の患者が語る苦しみの輪郭が、社会全体の輪郭と重なって見える瞬間がある。これは錯覚ではないと...