第4章 遺伝的要因と環境要因の交錯

第4章 遺伝的要因と環境要因の交錯

4-1. はじめに

統合失調症とうつ病のいずれも、発症には遺伝的要因と環境的要因の複合的な相互作用が関与していると考えられている。本章では、両疾患における遺伝的脆弱性環境的誘因の関係を明らかにしつつ、それぞれの病因論における特徴を対比的に検討する。


4-2. 遺伝的素因の比較

統合失調症の遺伝的要因

統合失調症は、**高い遺伝率(heritability)**を有する精神疾患とされており、一卵性双生児の一致率は約40〜50%、二卵性では約10〜15%とされる(Gottesman, 1991)。最近のゲノムワイド関連解析(GWAS)では、**多数のリスク遺伝子(例:COMT, DISC1, CACNA1C など)**が報告されており、多因子的・多遺伝子的な遺伝形式を取ることが示唆されている。

うつ病の遺伝的要因

一方、うつ病の遺伝率は統合失調症に比べてやや低く、一般的に30〜40%と報告される。特に反復性のうつ病や初発年齢が若い例では遺伝的要因の影響が強いとされるが、単回性うつ病では環境要因の寄与が大きい傾向がある。

共通する遺伝的脆弱性

最近の研究では、統合失調症とうつ病は部分的に遺伝的背景を共有していることが示唆されており、例として5-HTTLPRやBDNF多型などの共通リスク因子が指摘されている。つまり、特定の遺伝子がどの疾患表現型へとつながるかは、環境との相互作用によって変化しうる。


4-3. 環境的要因の影響

統合失調症における環境要因

統合失調症の発症に関わる主な環境要因としては、以下が挙げられる:

  • 出生前・周産期の合併症(例:低出生体重、出生時仮死)
  • 都市生活(urbanicity)
  • 若年期の社会的孤立
  • 大麻などの物質使用
  • 移民経験(とくに文化的疎外)

これらは神経発達過程への影響を通じて疾患の脆弱性を高めると考えられている。

うつ病における環境要因

うつ病では、ストレス—脆弱性モデルが広く用いられ、特に以下のような心理社会的ストレスがリスクとなる:

  • 幼少期の虐待やネグレクト
  • 親との不安定な愛着関係
  • 社会的喪失体験(離別、失業、死別)
  • 持続的な職業的・経済的困難

これらの要因は、うつ病の発症だけでなく再発の引き金ともなりうる。


4-4. 遺伝と環境の相互作用(G×E)

近年注目されているのは、**遺伝要因と環境要因の相互作用(G×E interaction)**である。たとえば、セロトニントランスポーター遺伝子(5-HTTLPR)の短型を有する人が幼少期に虐待を経験した場合、将来的にうつ病を発症するリスクが高まる(Caspi et al., 2003)。同様に、統合失調症のリスク遺伝子と若年期の社会的孤立やストレスとの相互作用も示唆されている。

これらの知見は、精神疾患の発症が単一要因で説明できるものではなく、複雑な動的システムの中で生じることを意味している。


4-5. 疾患発症の時間的視点

統合失調症は、しばしば思春期から青年期にかけて発症することが多く、これが神経発達的視点での疾患理解とつながる。一方、うつ病はあらゆる年齢層で発症し得るが、特に思春期と更年期以降にピークを示す傾向がある。したがって、両疾患における遺伝・環境要因の重要性や関与の時期にも差異が見られる。


4-6. 結語

統合失調症とうつ病は、いずれも多因子的疾患であり、遺伝的脆弱性と環境的ストレス因子の交錯によって発症する。共通する要素も多いが、それぞれの疾患特有の経路や感受性も存在する。こうした知見は、予防的介入や**個別化医療(precision psychiatry)**の可能性を拓くものとして重要である。


参考文献

  1. Gottesman, I.I. (1991). Schizophrenia Genesis: The Origins of Madness. W.H. Freeman.
  2. Sullivan, P.F., Daly, M.J., & O’Donovan, M. (2018). Genetic architectures of psychiatric disorders: the emerging picture and its implications. Nature Reviews Genetics, 19(8), 537–551.
  3. Caspi, A., et al. (2003). Influence of life stress on depression: moderation by a polymorphism in the 5-HTT gene. Science, 301(5631), 386–389.
  4. van Os, J., Kenis, G., & Rutten, B.P. (2010). The environment and schizophrenia. Nature, 468(7321), 203–212.
  5. Kendler, K.S., & Eaves, L.J. (1986). Models for the joint effect of genotype and environment on liability to psychiatric illness. American Journal of Psychiatry, 143(3), 279–289.
  6. 宮岡等(2021)『統合失調症と神経科学』日本評論社
  7. 渡辺量(2019)『うつ病の生物学的理解と治療戦略』中山書店

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