16.PTSDと統合失調症・うつ病


16. PTSDと統合失調症・うつ病


PTSDの概念と診断基準

心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder:PTSD)は、外傷的体験(トラウマ)に暴露された後に生じる精神的障害であり、DSM-III以降、独立した診断カテゴリーとして確立された。DSM-5では、PTSDは「トラウマおよびストレッサー関連障害群」に分類されており、その診断には以下のような症状群が含まれる:

  • トラウマ体験の反復的再体験(侵入症状)
  • 回避行動
  • 認知および気分の陰性変化
  • 覚醒亢進

しかし、実際の臨床では、PTSDがうつ病や統合失調症と類似した症状を呈することがあり、鑑別が困難なケースも少なくない。


PTSDとうつ病の関連

PTSDとうつ病の併存は極めて高頻度である。複数の疫学研究により、PTSDの患者の約50~80%がうつ病を併発すると報告されており(Kessler et al., 1995)、特に慢性化したPTSDでは、気分の持続的な低下、自己評価の低さ、自責感、無価値感など、大うつ病性障害の診断基準と重なる症状がしばしばみられる。

さらに、PTSDによる無力感や持続する危機感が、抑うつの引き金として作用するという病態モデルも提案されている(Brewin et al., 2000)。このように、PTSDとうつ病は共通の病理を一部共有しつつも、トラウマの存在と時間的経過、症状の質的特徴により鑑別を試みる必要がある。


PTSDと統合失調症の関係

統合失調症とPTSDの関係は、さらに複雑である。幻覚・妄想といった陽性症状がPTSDの侵入症状や解離と類似することがあり、「トラウマ関連精神病(trauma-related psychosis)」という概念も提唱されている。

とりわけ以下のような点で、両者の区別が困難となる:

  • PTSDにおけるフラッシュバックが現実検討の低下を伴う場合、幻覚様に見える。
  • トラウマに関連したパラノイドな思考内容(例:「再び襲われる」「監視されている」)が妄想との区別を曖昧にする。
  • 幼少期の虐待やネグレクトが統合失調症の発症リスクを高めるという疫学的知見(Read et al., 2005)もあり、病態の混在が示唆されている。

また、DSM-5では明示されていないが、**「トラウマに由来する精神病症状(PTSD with psychotic features)」**という臨床的サブタイプが実際には存在し、治療上の配慮が求められる。


複雑性PTSD(C-PTSD)とパーソナリティ障害・気分障害

ICD-11では、従来のPTSDとは別に、「複雑性PTSD(Complex PTSD)」という診断が導入された。これは長期的なトラウマ暴露(例:児童虐待、家庭内暴力、戦争捕虜など)により、PTSDの症状に加えて以下の3領域の障害を伴うものとされる:

  1. 情動調整困難
  2. 自己意識の変容(否定的自己評価)
  3. 対人関係の困難

これらは、従来は境界性パーソナリティ障害や慢性うつ病と診断されていた臨床像と類似しており、診断体系が病因論的な理解と必ずしも一致していない現状が浮き彫りになっている。


PTSDと統合失調症・うつ病に共通する脆弱性

近年、神経生物学的な研究から、トラウマ曝露がドーパミン系、HPA軸、前頭前野-扁桃体系に影響を及ぼすことが示されており、これは統合失調症やうつ病と共通する脳機能障害とも関連する(De Bellis & Zisk, 2014)。

また、トラウマが引き起こす「脆弱性増幅モデル(stress-sensitization)」では、初回エピソードがトラウマによって誘発され、その後の再発リスクが上昇することが示唆されており、統合失調症や反復性うつ病との橋渡し的視点を提供する。


臨床的含意:診断を超えて支援を考える

臨床的には、トラウマ歴を持つ患者に対して精神病的症状がみられる場合、単に統合失調症と診断して抗精神病薬を処方するだけでは不十分である可能性がある。適切なトラウマインフォームド・ケア(Trauma-Informed Care)を実施し、必要に応じてEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)や持続エクスポージャー療法など、トラウマ特異的治療を併用することが望ましい。

また、薬物療法だけでなく、関係性やナラティブの再構築に基づく支援も重要であり、診断分類を越えた多職種的なアプローチが求められている。


参考文献(第16章)

  • Kessler, R.C., et al. (1995). Posttraumatic stress disorder in the National Comorbidity Survey. Archives of General Psychiatry, 52(12), 1048–1060.
  • Brewin, C. R., et al. (2000). Meta-analysis of risk factors for PTSD in trauma-exposed adults. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 68(5), 748–766.
  • Read, J., et al. (2005). Childhood trauma, psychosis and schizophrenia: a literature review with theoretical and clinical implications. Acta Psychiatrica Scandinavica, 112(5), 330–350.
  • De Bellis, M. D., & Zisk, A. (2014). The biological effects of childhood trauma. Child and Adolescent Psychiatric Clinics, 23(2), 185–222.
  • ICD-11 (2018). International Classification of Diseases 11th Revision. World Health Organization.
  • American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (5th ed.). Washington, DC.

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