2.2.2. 親の投資と性的選択
有性生殖は、適切な配偶者を見つけるために時間とエネルギーを費やす点で、コストの高い戦略であるにもかかわらず、依然として存在している。有性生殖では、個体の遺伝子のわずか50%しか子孫に受け継がれないことを考えると、遺伝的資源の浪費とも見なされる。
それでも有性生殖が存在する理由は以下のとおりである:
- 有害な突然変異の蓄積を抑えるために、遺伝子の組み換えが有効に働くこと
- 急速に進化する病原体や寄生虫に対する防御システムの向上に寄与すること
この機構は、特に遺伝子の入れ替わりが遅い長寿命の種にとって重要である。
性的二型と親の投資戦略の関係
進化の過程で、二つのタイプの配偶子(卵と精子)が生じた:
種別 | 特徴 | 通常の性別 |
---|---|---|
大きな配偶子(卵) | 多くの代謝資源を必要とする | メス |
小さな配偶子(精子) | エネルギーコストが低く、大量に生成される | オス |
この違いは、親の投資量や生殖戦略に大きな影響を与える。
トリヴァースの親の投資理論(Trivers, 1972)
「親による個々の子への投資は、その子の生存(および繁殖)確率を高める一方で、他の子への投資能力を減少させる。」
哺乳類では、妊娠、授乳、保護などは主にメスが担い、多くの種ではオスは受精以外にはほとんど投資しない。
このことから、以下のような予測が導かれる:
性 | 投資量 | 配偶者選択 | 競争の形態 |
---|---|---|---|
メス | 高い | 選り好みが強い | 受動的・慎重 |
オス | 低い | 選り好みが弱い | 積極的に競争(同性愛内) |
図:性による生殖制限の違い(理論モデル)
メスの成功率 ~ 卵子の数 → 限られている
オスの成功率 ~ 配偶可能なメスの数 → より多く可能
→ 結果:メスが希少資源となり、オスが競争する
人類と霊長類における特徴
人類は以下のような独自の制約を持つ:
- 長期の幼児期
- 高齢での初産
- 一胎児出生
- 長い出産間隔
これらの制約のため、人間のオスは他の霊長類よりも子への投資を多く行う傾向がある。その結果として、**一夫一妻制(または軽度の一夫多妻制)**が多くの人間社会で見られる。
男女間の嫉妬感情の違いと進化的背景
性別 | 主な嫉妬のタイプ | 理由 |
---|---|---|
女性 | 情緒的嫉妬 | 配偶者に見捨てられることへの恐れ |
男性 | 性的嫉妬 | 自分の子であるかの確信が得られない(父性の不確実性) |
- 浮気防止策(mate guarding)や嫉妬の感情、排卵の隠蔽、性的強制などは、こうした進化的プレッシャーの結果とされる。
精子競争の比較:ヒト・ゴリラ・チンパンジー
種 | 体格の性差 | 精巣重量 | 社会構造 | 配偶行動 |
---|---|---|---|---|
ゴリラ | 大きい | 約30g | 一雄多雌(ハーレム) | 競争は前段階で決着 |
チンパンジー | 小さい | 約120g | 複雄複雌 | 多数のオスと交尾→精子競争 |
人間 | 中程度(10〜15%) | 約40g | 一夫一妻〜軽度一夫多妻 | 排卵の隠蔽、配偶絆の維持 |
排卵の隠蔽の適応的機能
- 食料と保護を得る(sex-for-food 仮説)
- 子の殺害から守る(雄による子殺しの回避)
- ペアボンドの維持
性差と寿命の関係(例:霊長類)
種 | 女性:男性 生存比 |
---|---|
チンパンジー | 約1.4 |
ゴリラ | 約1.2 |
人間 | 1.05〜1.08(父性投資の多さを反映) |
配偶者選びに関する研究結果
性 | 好み | 指標 |
---|---|---|
女性 | 年上・社会的地位の高い男性 | 保護・資源供給能力 |
男性 | 若くて身体的魅力のある女性 | ウエスト・ヒップ比、乳房の大きさ |
- 対称性が低い(顔や身体の非対称)→突然変異・寄生虫・環境ストレスの影響を受けている可能性
- 類似したパートナーを選ぶ傾向(相補的配偶選択=assortative mating)
心理病理との関係
行動的適応 | 心理病理的変形 | 備考 |
---|---|---|
配偶者への魅力アピール | 躁状態、演技性パーソナリティ障害 | 過剰な自己呈示 |
配偶者保持(mate guarding) | 嫉妬妄想(男性に多い) | 病的な猜疑 |
女性の配偶選択 | 恋愛妄想(女性に多い) | 根拠なき愛の妄信 |
補足:社会的感情と病理の関連性
- 共感・恥・罪悪感などの社会的感情は、互恵性の進化的問題への応答と考えられる
- 被害妄想は「浮気検出」の進化的仕組みの極端化
- サイコパシーは、自己利益のために他者を欺く行動傾向の極端化と見なされる