ベイズ推論


ベイズ推論の分かりやすい解説

一言でいうと、ベイズ推論とは「新しい情報(証拠)を手に入れたとき、もともと持っていた予想(事前確率)を、その情報がどれくらい確かか(尤度)を考慮して、より確からしい結論(事後確率)に賢くアップデートしていく思考法」のことです。

これは、私たちが日常的に無意識に行っている判断と非常によく似ています。脳が世界を認識するプロセスも、このベイズ推論で説明できる、というのが本書の考え方です。

ベイズ推論の3つのキーワード

ベイズ推論を理解するために、3つの重要なキーワードを具体的な例で見ていきましょう。

例:夜中にキッチンから「ガタガタ」という物音が聞こえた

あなたは物音の原因を突き止めようとしています。これが「知覚の問題」です。

1. 事前確率 (Prior Probability)
  • 意味: 新しい情報(物音)を聞く前の、あなたの「もともとの予想」や「常識」。
  • 具体例:
    • 仮説A「ネズミが出た」:あなたの家は古く、たまにネズミを見かける。「まあ、ありえるな」(事前確率:中くらい)
    • 仮説B「泥棒が入った」:この地域は治安が良いし、戸締りもしたはず。「可能性は低いだろう」(事前確率:低い)
    • 仮説C「幽霊の仕業だ」:あなたは幽霊を信じていない。「まずありえない」(事前確率:非常に低い)

この時点では、あなたはまだ物音の具体的な特徴を聞いていません。あくまで一般的な知識や経験に基づいた、漠然とした可能性のランク付けです。

2. 尤度 (Likelihood)
  • 意味: もし「その仮説が正しいとしたら」、今得られた情報(物音)が起こる確からしさ。
  • 具体例:
    • 仮説A「ネズミが出た」が正しいとしたら…?
      →「ガタガタ」という小さな物音は、ネズミが立てる音として「非常にありそう」だ。(尤度:高い)
    • 仮説B「泥棒が入った」が正しいとしたら…?
      → 人間ならもっと大きな音を立てそうだが、慎重な泥棒なら「ガタガタ」という音を立てることも「ありえる」かもしれない。(尤度:中くらい)
    • 仮説C「幽霊の仕業だ」が正しいとしたら…?
      → 幽霊がどんな音を立てるか分からないが、物語の中ではよく物音を立てるので「ありえる」ことにしておこう。(尤度:?)

尤度は、「その仮説が、今回の証拠をどれだけうまく説明できるか」を評価する指標です。

3. 事後確率 (Posterior Probability)
  • 意味: 「もともとの予想(事前確率)」と「証拠の確かさ(尤度)」を掛け合わせて計算される、最終的な結論の確からしさ。
  • 計算のイメージ: 事後確率 ≈ 事前確率 × 尤度
  • 仮説A「ネズミが出た」の事後確率:
    (事前確率:中くらい)×(尤度:高い)= (結論:かなり高い)
  • 仮説B「泥棒が入った」の事後確率:
    (事前確率:低い)×(尤度:中くらい)= (結論:低い)
  • 仮説C「幽霊の仕業だ」の事後確率:
    (事前確率:非常に低い)×(尤度:?)= (結論:非常に低い)

この結果、最も事後確率が高くなった「ネズミが出た」という仮説が、あなたの脳が採用する「最良の推論」となります。あなたは「ああ、どうやらネズミみたいだな」と認識するわけです。

知覚とベイズ推論

本書が主張するのは、私たちの脳が、目や耳から入ってくる断片的な感覚情報(=証拠)を元に、無意識のうちに、そして超高速でこのベイズ推論を行っているということです。

  • 感覚入力 = 証拠(e.g., 光のパターン、音波)
  • 脳が持つ世界のモデルや過去の経験 = 事前確率(e.g., 「リンゴは赤い」「人の顔はこういう形をしている」)
  • モデルが予測する感覚パターンと実際の入力の一致度 = 尤度
  • 知覚(「リンゴだ!」と認識すること) = 最も事後確率が高い仮説の採用

この「無意識の知覚的推論」という考え方は、19世紀の科学者ヘルマン・フォン・ヘルムホルツによって提唱されたもので、現代の脳科学がその仕組みをベイズ推論という数学的な枠組みで解き明かそうとしている、というのが本書の大きなテーマです。

まとめ

ベイズ推論とは、不確かな情報から最も確からしい答えを導き出すための、非常に合理的で強力な思考ツールです。私たちの脳は、世界を認識するために、このツールを無意識のレベルで常に使いこなしている、洗練された「推論マシン」であると考えることができます。

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