症例報告:麻酔依存を呈する社会


症例報告:麻酔依存を呈する社会

――拡大鏡としての民主主義と、治療拒否の構造

主訴

将来不安、経済的停滞、少子化、対外従属。
ただし本人の語りは比較的平静で、「何とかなる」「仕方がない」という言葉が頻発する。

現病歴

患者(日本社会)は、長期にわたり慢性的な負荷にさらされてきた。

  • 資本による富の集中
  • 労働の報酬低下
  • 人口動態の悪化
  • 地政学的緊張の増大

これらは本来、強い警告信号として自覚されるはずの症状である。
しかし患者は、強い不安を訴えながらも、危機感に乏しい

この乖離が、本症例の最大の特徴である。

1.資本と権力の病理――制御不能な報酬系

ピケティの指摘する「資本の自己増殖」は、
臨床的には報酬系の暴走として理解できる。

成功→報酬→さらなる追求。
この循環が、抑制系(倫理・公共性・将来世代への配慮)を上回る。

重要なのは、
これは「悪意」や「人格」の問題ではないという点だ。

構造そのものが衝動制御障害を生む。

資本と権力は、治療されない限り、
必ず自己肥大化し、周囲を消耗させる。

労働者が疲弊するのは、怠惰だからではない。
慢性的な過剰負荷を受け続けているからである。

2.民主主義という検査装置――症状の拡大表示

民主主義は治療法ではない。
臨床で言えば、診断用の検査機器である。

だがこの検査機器には、癖がある。

  • 声の大きい症状
  • 感情的に強い訴え
  • 単純化された敵味方構造

これらを、実際以上に大きく映し出す

自民党内の極右的勢力は、実数としては少数である。
理論的裏付けも乏しい。
しかし、低投票率・党内選挙・メディア増幅という条件が重なると、
一部の症状が、患者全体の人格であるかのように見えてしまう

臨床で言えば、
一つの行動化だけを見て、全人格診断を下す誤りに近い。

3.防衛族・ITゼネコン――不安を糧にする共依存

軍事費の増大、防衛族、霞が関、ITゼネコン。
この関係は、典型的な共依存構造を形成している。

  • 外的脅威を強調する
  • 不安水準が上がる
  • 「守る者」の役割が強化される
  • 予算と権限が拡大する

不安は、依存を生む。
依存は、支配を正当化する。

患者(国民)は「安心」を得るが、
同時に自己決定能力を失っていく

これは回復ではない。
症状の固定化である。

4.アメリカという養育者――過剰要求による消耗

日本と韓国は、アメリカにとって「よく従う子ども」だった。
だが近年の軍事費要求は、
臨床的には過剰な期待を押し付ける養育者の振る舞いに酷似している。

「君のためだ」
「安全のためだ」
「責任を果たせ」

その結果、

  • 経済的体力の低下
  • 若年世代の消耗
  • 出生率の崩壊

が起きている。

これは治療的関係ではない。
慢性的ストレスによる衰弱である。

5.86兆円――現実検討能力の障害

86兆円を国外投資として差し出すという判断は、
臨床的には現実検討能力の低下を疑う水準である。

  • 費用対効果の説明がない
  • 代替案の検討がない
  • 「仕方がない」という言葉で処理されている

これは諦念ではない。
思考停止である。

患者は、耐えがたい現実を前にすると、
「考えない」という防衛を選ぶ。

6.国家主義とアベノミクス――依存性の高い麻酔

国家主義、アベノミクス再現論。
これらは臨床的には強力だが依存性の高い鎮静薬である。

  • 一時的な高揚
  • 全能感の回復
  • 不安の低下

しかし、

  • 問題は解決しない
  • 用量が増えていく
  • 離脱が怖くなる

そして何より、
代替治療が提示されない

だから、同じ薬が繰り返し処方される。

7.民主主義の形式――治療同意としての意味

民主主義は形式の問題である。
だが臨床で言えば、それはインフォームド・コンセントに相当する。

同意なき治療は、
たとえ結果が良さそうに見えても、暴力である。

「内容が良ければ独裁でもいい」という発想は、
患者の意思を無視した強制治療を正当化する論理だ。

それは回復ではない。
管理であり、支配である。

8.非核三原則――崩れかけた治療枠

非核三原則の「持ち込ませず」は、
すでに実質的には空文化している。

臨床で言えば、
形骸化した治療枠だ。

それでもなお、これを明示的に壊そうとする動きは、
「作らず」「持たず」まで崩したい衝動を示唆する。

枠が壊れると、
一時的に自由になる。
だが同時に、不安は急激に増大する。


治療的考察:回復は麻酔を切るところから始まる

回復モデルで言えば、
現在の日本社会は前熟考期にある。

問題は、何となく分かっている。
だが、直視する準備がない。

必要なのは、
さらに強い麻酔ではない。
安全に麻酔を切り、痛みを言語化し、共有するプロセスである。

資本と権力の肥大化は、病理である。
民主主義は万能薬ではない。
だが、回復に入るための最低条件ではある。

痛みを引き受ける覚悟なしに、
社会は回復しない。


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