『進化の技法』 著者:ニール・シュービン

鳥が飛行するための羽。水中の生物が陸で暮らすために得た肺。生物はそれらをどうやって獲得したのか。少しずつ羽が伸びて、どこかのタイミングで飛べるようになったと考えるのは難しい。短い羽を得た個体はすぐ絶滅してしまうからだ。実際にこの説はら「自然選択の欠陥」として扱われてきた。

では、現実はどうなのか。直感的には、羽は生物が空を飛ぶために進化の中で獲得したもので、肺や足は魚が陸上に進出するためにエラやヒレを進化させたものだと思ってしまう。だが、それは正しくないと著者ニール・シュービンは語る。そもそも「進化」というものは決まったゴールを目指して一直線に進む単調なものではない、と。

彼が示す進化の鍵は「転用」と「盗用」である。

羽も肺も、突如としては出来あがらない。まず前段階の器官がすでにあって、それを「転用」した結果、生まれたものである。これが彼の説だ。たとえば──アメリカ自然史博物館のディーンは、肺魚の発生を研究し、発生の途中で「肺」と「浮き袋」が基本的に同じ器官であることを発見した。「同じ」とはすなわち、浮き袋をつくる遺伝子群と肺をつくるために使われている遺伝子群が基本的に同じであり、一部の魚はそれを「呼吸」に、一部の魚はそれを「浮力装置」として使っているということである。つまり、一部の魚は動物が陸上に進出する前から肺で呼吸をしていたのだ。

「浮き袋」として使えるものを「肺」として活用──これを「転用」という。

この「転用」を促すメカニズムには、細胞の中やゲノムの中で起きるウイルス、そして細菌との絶えざる争いや(葉緑体、ミトコンドリアなような)取り込み、または遺伝子間の競争などが関係している。

羽も同じだ。羽は空を飛ぶために進化したわけではなく、体温調節や性選択で進化した既存の器官を飛行に転用させたものである。

これまで「進化」といえばランダムな突然変異が自然選択で地道に蓄積されて起こるとイメージされてきた。しかし、そうでもないと本書は語るのである。

では、既存の器官とは何か。何をもって器官は「既存」になるのか。

たとえば洞窟に暮らす生物が視覚機能を失って退化していくことがある。その時、生物に何が起きているのか。注意したいのが、そもそもこの「退化」は、視覚機能が完全になくなることを意味するのではなく、その器官の遺伝情報がオフになっただけで、失われずに残ることを意味する点である。そしてそのオフ状態は、酸素濃度や気温、明るさなどの外的環境に影響され、場合によってはオンになる可能性がある。

さて、もう一つの進化の鍵は「盗用」である。別の言い方をすれば、それは「コピー」だ。通常、ヒトや多くの生物種は細胞中に2セットの染色体を持つが、コピーエラー等によってこのセット数が増えた個体が現れると、各遺伝子のセット数が4つやそれ以上になることがある。この重複遺伝子は植物の世界ではありふれていて、ゲノムがまるごと重複している植物を繁殖させると、普通よりも強壮になったり美味になったりといった効果もある。哺乳類などの動物においては重複した染色体セットを持つ変異体が繁殖できることはめったにないものの、カエルや魚の種には3組以上のセットを持ちながら正常に繁殖できるものもいる。

このようなゲノム重複にも、進化の原動力がある・あったのではないかという仮説があるのだ。

特定の遺伝子が重複したら、それまで1つだった遺伝子が2つ存在することになる。そして、一方は変異せずに旧来の機能を果たし、片方は新たな機能を獲得することが可能になる。まるで、旧来のビジネスを進めながら(だからこそ安全を保ちつつ)イノベーティブなことに挑戦するかのように──。

ちなみに、ヒトの大脳進化もこの「盗用」の結果であると指摘されている。

「転用」と「盗用」による進化。それは、たとえば「なんでこんな形に進化してしまったのか?」といった進化の“落ち度”についても納得を与えてくれる。たとえば、大脳が発達し、未来を予測できるようになったがゆえにヒトは未来に不安を抱くようになってしまった。それはなぜか、と。

答え。

そもそも進化は「〜のために」進むのではない。結果として「そうなった」の連続、きわめて偶然性の高い出来事である。弱肉強食や適者生存といった理論で進化の必然性を過度に見積もってしまうと、誤解が生まれる。

最後に、印象的な著者の言葉を引用する。

「人間は、自らの知識の空白を、自らの偏見(たいていは希望、臆測、恐怖が入り混じったもの)で埋めるきらいがある。私たちの脳は、年表上に点在する過去の出来事を無理やりつなげて、変化が連綿と連鎖していく一つの物語に仕立ててしまいやすい」

『進化の技法』 著者:ニール・シュービン 翻訳:黒川耕大 @e4DObWzk6fyX26B

発行:みすず書房 @misuzu_shobo

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