はじめに
診察室に、ひとつの椅子がある。
毎日、いろんな人がその椅子に座る。眠れないと言う人、消えてしまいたいと言う人、自分でも何が苦しいのかわからないと言う人。会社に行けなくなった人、長年の薬をやめられない人、何年も同じ話を繰り返す人。
私はその向かいに座って、話を聞く。
三十年以上、ずっとそうしてきた。
この仕事を始めたころ、私は「治す」ことを目標にしていた。
症状を取り除き、認知を修正し、患者さんをより良い状態に導く——それが精神科医の仕事だと信じていた。理性と知識があれば、人の心の苦しみを解きほぐすことができると思っていた。
しかし臨床を重ねるうちに、その確信は少しずつ崩れていった。
「変えよう」とすればするほど、患者さんは硬直した。「早く良くしよう」と焦るほど、関係が壊れた。「正しい答えを渡そう」とするほど、患者さんは遠ざかった。
何度も同じ壁に当たりながら、私はゆっくりと方向を変えた。
「治す」から「壊さない」へ。「変える」から「守る」へ。「答えを渡す」から「一緒にわからないままでいる」へ。
この本は、その転換の記録だ。
私はそれを「温存的精神療法(Preservational Psychotherapy)」と名づけた。
「温存」という言葉には、積極的に守り続けるという意味がある。患者さんがすでに持っているもの——自分なりの時間の感じ方、世界との距離感、生き延びてきた知恵——を急いで変えようとせず、むしろそれをそのまま大切に保ちながら、その人が自分のペースで動き出せる「余白」を守ること。これが温存的精神療法の核心だ。
この本の読者として、私はまず、医療と直接関係のない「教養ある一般の方」を想定している。
精神科医療のことを知りたい方。心が苦しい誰かの傍にいる方。あるいは、「治療」「回復」「ケア」という言葉について、もう少し深く考えてみたい方。
専門的な用語が出てきたときは、そのつど丁寧に説明する。精神医学の知識は前提としない。ただ、人間の心というものに、素直に関心を向けてくれる読者を想定して書いた。
第一章では、私がこの考え方にたどり着くまでの個人的な道筋を話す。歴史や哲学との意外なつながりも、ここで登場する。
第二章では、「温存的精神療法」の定義を丁寧にほどく。森田療法、中井久夫、日本語の「間(ま)」——日本の臨床が育んできた知恵がここに結びついている。
第三章では、西洋の精神医学と哲学の伝統に目を向ける。ウィニコット、ビオン、レヴィナス、ギリガン——様々な思想が、一つの方向を指していることがわかるだろう。
第四章では、診察室の外に出る。「早く治れ」という社会のプレッシャー、制度の限界、都市という文脈——これは精神科医療の問題であると同時に、社会の問題だ。
第五章では、全体を振り返り、この考え方が最終的に何を指し示しているかを、静かに語る。
この本は、完成した理論書ではない。
「温存的精神療法」という概念は、今もなお、私の臨床の中で育ち続けている途中のものだ。わからないことはたくさんある。答えが出ていない問いも多い。
しかしその「わからないまま」を、そのまま書いた。
なぜなら、「わからないままでいること」こそが、この考え方の核心にあるからだ。
急がなくていい。変わらなくていい。答えがなくていい。ただ、ここにいることが、すでに始まりだ。
この本を開いてくれたあなたへ、心から感謝する。
二〇二六年三月 品川心療内科にて
今 忠
