有害機能不全モデル(Harmful Dysfunction Model, HDモデル)は、ニューヨーク大学のジェローム・ウェイクフィールド(Jerome C. Wakefield)によって1992年に提唱された、「精神障害」を定義するためのハイブリッド・モデルです。 [1, 2]
このモデルは、精神障害を単なる「社会的な価値判断」や「統計的な異常」としてではなく、以下の2つの要素が同時に満たされた状態と定義します。 [1, 2]
1. 有害(Harmful):価値的・社会的要素 [2]
- 定義: その状態が、個人の属する文化や社会において「有害である」あるいは「望ましくない」と否定的に評価されていること。
- 役割: 社会的価値観に基づく基準です。例えば、読み書きができない状態(失読症など)は、識字社会では「有害」とみなされますが、無文字社会では障害とはみなされません。 [1, 2, 3]
2. 機能不全(Dysfunction):科学的・生物学的要素
- 定義: 進化の過程で自然選択によって形作られた「生物学的なメカニズム」が、本来設計された通りの機能を果たせなくなっていること。
- 役割: 科学的な事実に基づく基準です。単に社会に適合できない(例:反社会的な行動)だけでなく、その背後に知覚、記憶、感情調節といった内的な心理・生物学的メカニズムの故障があることを要求します。 [1, 2, 4]
モデルの意義と目的
- 誤診断(偽陽性)の防止: 単なる「人生の問題」や「一時的な悲しみ(例:死別による抑うつ)」と、医学的な「精神障害」を区別することを目指しています。
- 精神医学の正当性: 精神障害が、身体疾患(心臓の機能不全など)と同じ論理的構造を持つ「医学的な実体」であることを示し、精神医学の科学的基盤を強化しようとしています。
- DSMへの批判的視点: 精神疾患の診断基準である DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル) が、文脈を無視して症状の数だけで診断を下し、「正常な反応」を病気として扱いすぎている(過剰診断)と指摘しています。 [1, 3, 5, 6]
主な批判
- 進化論的根拠の不明確さ: 心の各メカニズムが、進化の過程で具体的にどのような「設計上の機能」を持っていたのかを科学的に特定することは極めて困難であるという批判があります。
- 価値中立性の欠如: 「機能不全」という概念自体に、結局は社会的な「あるべき姿」という価値観が混じっているのではないかという指摘も存在します。 [2, 4, 7]
このモデルをさらに詳しく知るには、ウェイクフィールドによる PubMedの解説記事 や PMCの論文 が参考になります。
このモデルが具体的にどの精神疾患(うつ病やADHDなど)にどう適用されるか、興味がありますか?
[1] https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov
[2] https://ojs.st-andrews.ac.uk
[4] https://www.sciencedirect.com
[5] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
[6] https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov
[7] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
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Jerome C. Wakefield の有害機能不全モデル(Harmful Dysfunction Model)
I. 背景と問題意識
Wakefieldがこのモデルを提唱したのは1992年の論文 “The concept of mental disorder: On the boundary between biological facts and social values”(American Psychologist, 47, 373–388)においてです。
動機となった問題意識は明確です。DSMの診断カテゴリーは「精神障害とは何か」という概念的基盤を欠いたまま拡張し続けているという批判です。
DSM-IIIの登場(1980年)以降、精神医学は操作的診断基準によって信頼性を高めましたが、その代償として妥当性(validity)の問題が深刻化しました。症状の記述的クラスタリングは、「なぜそれが障害なのか」という問いに答えていない。Wakefieldはこの空白を埋めようとしました。
II. モデルの基本構造
HDモデルは、精神障害を以下の**二要件の連言(conjunction)**として定義します。
精神障害 = 有害(Harmful)× 機能不全(Dysfunction)
両者が同時に満たされる場合にのみ、精神障害と呼ぶことができる。どちらか一方だけでは不十分です。
III. 「機能不全(Dysfunction)」の定義
これがモデルの科学的・自然主義的側面です。
Wakefieldは機能不全を次のように定義します。
「内的メカニズムが、進化によって設計された機能を果たせない状態」
ここで重要な概念が三つあります。
A. 内的メカニズム(internal mechanism)
外部環境の問題ではなく、個人の内部にある心理的・生物学的メカニズムの問題であることが必要です。
たとえば、貧困や差別によって生じる悲嘆・絶望は、外部環境への正常な反応であり、内的メカニズムの機能不全ではない。これによって社会問題の医療化を批判する根拠が生まれます。
B. 設計された機能(designed function)
これはWakefieldが進化論的機能概念を採用している核心部分です。
Cummins流の「因果的役割」機能概念ではなく、Wright流の「選択史」機能概念を採用しています。すなわち、あるメカニズムの「機能」とは、それが自然選択によって選択されてきた理由、つまり適応的価値のことです。
たとえば:
- 恐怖メカニズムの設計された機能:危険の検出と回避
- 愛着メカニズムの設計された機能:養育者との近接維持
- 痛みメカニズムの設計された機能:組織損傷のシグナリング
機能不全とは、これらのメカニズムがその設計された機能を遂行できない状態です。
C. 「設計」の比喩的性格
Wakefieldは「設計」が目的論的含意を持つことを認識しつつ、これを自然選択の結果としての機能的組織化の比喩として使用しています。神学的設計論とは無関係であり、あくまで進化生物学的文脈での使用です。
IV. 「有害(Harmful)」の定義
これがモデルの社会的・価値的側面です。
有害性は、当該文化の価値観・規範に照らして、その状態が当人にとって有害であると判断されることとして定義されます。
具体的には:
- 苦痛(suffering)
- 社会的機能の障害
- 死亡リスクの上昇
- その他、当該社会が「悪いこと」とみなす帰結
重要なのは、有害性の判断は文化的・社会的に規定されるという点です。Wakefieldはここで価値中立性を主張しません。むしろ、価値判断が不可避であることを正面から認めることで、純粋に自然科学的な障害概念を批判しています。
V. 二要件の連言が必要な理由
なぜ両者が必要か。それぞれ単独では不十分な理由があります。
機能不全のみでは不十分
内的メカニズムの機能不全があっても、有害でない場合は障害とすべきでない。
例:色覚の変異。特定の色を識別できない色覚多様性は、進化的に設計された視覚メカニズムからの逸脱かもしれないが、現代社会では多くの場合、有害性が軽微であり、障害として扱うことに疑問が生じる。
例:同性愛。DSMがかつて同性愛を障害としたことへの批判的含意がここにあります。同性愛が仮に進化的機能からの逸脱を含むとしても、有害性がなければ障害ではない、という論理です。
有害性のみでは不十分
有害であっても、内的機能不全がない場合は障害とすべきでない。
例:奴隷制下の悲嘆。奴隷制という外部的抑圧によって生じる深刻な苦悩は有害ですが、内的メカニズムは正常に機能しています。これを精神障害とすることは、抑圧の医療化であり、社会問題を個人の病理に転嫁することになる。
例:試験前の不安。有害な主観的苦痛を生じさせるが、恐怖メカニズムは正常に機能している。
VI. モデルの理論的位置づけ
HDモデルは自然主義と規範主義の統合を試みている点で独自です。
| 立場 | 主な論者 | 問題点 |
|---|---|---|
| 純粋自然主義 | Boorse(生物統計的理論) | 価値判断を排除しすぎ、文化的文脈を無視 |
| 純粋規範主義 | Szasz | 疾患概念を全否定、生物学的基盤を無視 |
| HDモデル | Wakefield | 両者を連言として統合 |
Boorseの**生物統計的理論(BST)**との比較が重要です。BoorseはWrightではなくCummins流の機能概念を使い、「種の統計的典型からの逸脱=機能不全」と定義しました。Wakefieldはこれを批判し、統計的典型からの逸脱は機能不全の必要条件でも十分条件でもないと論じています。
VII. 主要な批判
A. 進化論的機能の不確定性
**設計された機能を特定できるか?**という批判が最も根本的です。
進化心理学の知見は多くの場合、事後的・思弁的であり、特定の心理メカニズムが自然選択でどの機能のために選択されたかを確定することは極めて困難です。
たとえば、うつ病のメカニズムは何のために設計されたか。
- 社会的敗北後の撤退行動(敗北シグナル仮説)
- エネルギー温存と感染防御(免疫系との統合仮説)
- 反芻による問題解決の促進(分析的反芻仮説)
いずれも提唱されており、決定的根拠はありません。設計機能が不確定なら、機能不全の判断も不確定になります。
B. 文化的有害性の相対性
有害性の判断が文化依存的であるなら、文化によって障害の境界が変わることになります。これは普遍的な障害概念を求める精神医学にとって不安定な基盤です。
C. Horwitz と Wakefield 自身の応用
Wakefieldは後にAllan Horwitzと共著で『The Loss of Sadness』(2007)を書き、通常の悲嘆がうつ病として過剰診断されているという批判を展開しました。DSM-5での「悲嘆除外基準の削除」への批判として大きな影響を与えています。これはHDモデルの応用として一貫していますが、悲嘆の「正常な機能」を何とみなすかという問いを改めて開きます。
D. Fulford らの批判
K.W.M. Fulfordは、価値に基づく医療(Values-Based Medicine)の立場から、Wakefieldの有害性概念がなお十分に価値論的に洗練されていないと批判しています。
VIII. 精神医学実践への含意
HDモデルが臨床的に持つ意味は複数あります。
過剰診断への歯止めとして:悲嘆、試験不安、社会的不適合など、有害ではあるが内的機能不全を伴わない状態の医療化を批判する根拠を与えます。
診断の二層構造の明示として:生物学的評価(機能不全の有無)と価値的評価(有害性の判断)を分離することで、診断行為の複合的性格を可視化します。
社会批判の論拠として:環境・社会構造によって生じる苦悩を個人の病理に帰属させることへの抵抗根拠を提供します。
IX. あなたの臨床的関心との接点
先ほどの議論との連絡で言えば、HDモデルは心理療法と精神医学の分断問題に対して一つの視点を提供します。
心理療法が扱う多くの問題、たとえば自己肯定感の低さ、対人関係の困難、実存的苦悩などは、有害ではあるが内的機能不全を伴わない可能性があります。HDモデルの枠組みでは、それらは精神障害ではなく人生問題ということになります。
逆に、統合失調症や双極性障害は、内的メカニズムの機能不全と有害性の両方を満たす、最もプロトタイプ的な精神障害ということになります。
これは、あなたが直感的に感じている「医学的精神療法と心理学的心理療法は対象が違う」という感覚に、概念的な裏付けを与えるものとして機能するかもしれません。
