自閉症におけるミラーニューロンシステム、皮質厚、メンタライジング、セロトニンの機能不全
はじめに
自閉症スペクトラム障害(ASD)は、社会的相互作用とコミュニケーションの障害、および制限された反復的な行動を特徴とする神経発達障害です 1。ミラーニューロンシステム(MNS)は、他者の行動の理解、模倣、および共感に関与すると考えられる神経ネットワークです 1。自閉症における社会的障害を説明するために、MNSの機能不全が提唱されており、これは「壊れた鏡仮説(BMH)」と呼ばれています 1。皮質の厚さは、脳の構造的特徴の尺度であり、自閉症における神経機能との関連性が研究されています 16。メンタライジング(心の理論)は、自己および他者の精神状態を理解する能力であり、社会的相互作用に不可欠です 1。前頭前皮質と側頭領域、特に前帯状皮質(ACC)と傍帯状皮質は、MNSとメンタライジングの両方に関与しています 5。セロトニンは、前頭前皮質に高密度に分布する神経伝達物質であり、これらの神経系の調節に関与している可能性があります 46。本報告では、自閉症におけるMNS関連領域の皮質厚の減少、メンタライジング関連領域の活動低下、および前頭前皮質のセロトニン機能不全の可能性について、既存の研究に基づいて詳細に説明します。
自閉症における皮質厚の異常
前頭前皮質および側頭領域における皮質厚の減少
自閉症者の脳構造に関する研究では、MNSの主要な構成要素である下前頭回(IFG)、下頭頂葉(IPL)、および上側頭溝(STS)を含む前頭前皮質および側頭領域において、皮質の厚さが減少しているという証拠が示されています 9。これらの脳領域は、他者の行動の観察と模倣に重要な役割を果たします 2。皮質の厚さの減少は、これらの領域におけるニューロンの減少、シナプス接続の密度の低下、またはニューロンの組織化の異常を示唆している可能性があり、その結果、社会的合図の処理や模倣の効率が低下する可能性があります 16。ある研究では、自閉症者のMNS領域(IFG、IPL、STS)における皮質菲薄化が、自閉症の症状の重症度と相関していることが示唆されており、構造的異常と自閉症の中核的な特徴との直接的な関連性が示されています 9。別の研究でも、自閉症におけるMNS領域の灰白質の減少が確認されています 9。
他の脳領域における皮質厚の増加
対照的に、自閉症者の他の脳領域では皮質の厚さが増加しているという報告があります 52。ただし、これらの知見は研究間でばらつきがあり、年齢、性別、IQなどの要因によって影響を受ける可能性があります 52。ある研究では、自閉症の様々な領域で皮質の厚さの減少と増加の両方が示されており、研究結果の複雑さと一貫性のなさが浮き彫りになっています 54。別の研究では、自閉症において広範囲に皮質の厚さが増加しており、特に左半球で顕著であり、年齢とともに減少することが示唆されています 55。大規模なメタアナリシスでは、自閉症において前頭皮質で皮質の厚さが増加し、側頭皮質で減少することが報告されており、年齢に関連した発達の変化も示唆されています 59。このように、自閉症における皮質の厚さの対照的なパターン(MNS領域での減少、他の領域での増加)は、脳全体に均一な異常があるのではなく、神経発達の軌跡が潜在的に障害されていることを示唆しています 24。皮質の厚さは発達を通して変化するため、自閉症における非典型的なパターンは、典型的な発達過程からの逸脱を反映していると考えられます。
メンタライジングと自閉症における関連脳領域
メンタライジングの定義と重要性
メンタライジングとは、行動を根底にある精神状態(思考、感情、意図)の観点から理解する能力です 27。これは、社会的相互作用、共感、および他者の視点を理解する上で非常に重要な役割を果たします 1。
メンタライジングに関与する主要な脳領域
メンタライジングには、前頭前皮質(PFC)、特に背内側前頭前皮質(dmPFC)、内側前頭前皮質(mPFC)、および前帯状皮質(ACC)を含む広範な脳領域ネットワークが関与しています 42。その他、頭頂側頭接合部(TPJ)、側頭極、後帯状皮質(PCC)も、より広範なメンタライジングネットワークの一部です 42。特に、前帯状皮質(ACC)と傍帯状皮質は、社会的情報の処理、動機付け、およびエラー監視において重要な役割を果たすことが示されています 68。ある研究では、前傍帯状皮質が心の理論課題遂行時に一貫して活性化することが確認されています 70。また、複数の研究で、PFC、IFG、TPJ、PPC、側頭極、帯状皮質がメンタライジングネットワークの一部であることが確認されています 42。さらに、ACCは他者の動機付けの処理、予測エラーへの反応、および社会的認知における変動の可能性に関与していることが示唆されています 80。
自閉症におけるメンタライジング領域の活動低下
機能的MRI(fMRI)研究では、自閉症者はメンタライジング課題遂行中に、mPFC、ACC、傍帯状皮質、およびTPJなどの主要なメンタライジング領域において活動が低下していることが示されています 77。この活動低下は、自閉症における他者の精神状態を理解し予測する能力の障害と関連している可能性があります 76。ある研究では、自閉症者はメンタライジングを必要とする課題遂行中に、健常者と比較してメンタライジングネットワーク(mPFC、STS/TPJ、側頭極)の活動が低下していることが報告されています 77。メタアナリシスでは、自閉症における社会的課題遂行時の傍膝状ACCの活動低下が示されています 87。また、自閉症の成人では、明示的および自発的なメンタライジングの両方において、rTPJの活動が低下していることが示されています 91。さらに、自閉症の成人では、会話の笑いを処理する際にmPFCの活動が低下しており、社会感情的に曖昧な状況の理解における困難が示唆されています 93。これらの結果は、自閉症における社会的認知の障害、特に他者の意図や感情を理解する能力の障害の神経機能的な基盤を示唆しています 90。明示的なメンタライジング課題では良好な成績を示す自閉症者も多い一方で、これらの領域の活動低下、特に自発的なメンタライジング中の活動低下は、現実世界の社会的な相互作用における困難を説明する可能性があります 91。
前頭前皮質におけるセロトニン機能不全の可能性
前頭前皮質におけるセロトニンニューロンの高密度分布
前頭前皮質、特にACCと傍帯状皮質は、縫線核からのセロトニン作動性ニューロンによって豊富に神経支配されています 46。前頭前皮質には、様々なセロトニン受容体サブタイプが存在し、ニューロンの興奮性を調節する役割を果たしています 46。前頭葉は、セロトニン作動性終末と受容体が最も豊富な皮質領域であることが強調されています 46。ACCは、感情系と認知系の両方の脳システムに接続する独特な位置にあり、セロトニンが感情調節において重要な役割を果たす可能性が示唆されています 102。
自閉症におけるセロトニン機能不全とメンタライジング領域の機能抑制の関連性
自閉症におけるセロトニン機能の異常を示唆する証拠は存在しますが、その正確な性質は依然として研究中です 47。前頭前皮質のセロトニン機能不全が、自閉症におけるACCや傍帯状皮質などのメンタライジング領域の活動低下に寄与しているという仮説が提唱されています 46。ある研究では、衝動的な攻撃性を持つ個人の前帯状皮質において、セロトニントランスポーターの利用可能性が低下していることが示されており、セロトニンと行動調節との関連性が示唆されています 47。別の研究では、アルコール依存症者の傍膝状前帯状皮質においてセロトニントランスポーターの密度が低下しており、セロトニン機能不全と衝動的な行動との関連性が示唆されています 48。また、ボランティアの研究では、ACCにおけるセロトニン終末の阻害が、慰めの行動を減少させることが示されており、セロトニンが社会的な行動に関与している可能性が示唆されています 105。さらに、セロトニンはACCにおける興奮性シナプス伝達を抑制することが示されており、この領域における神経活動を調節する潜在的なメカニズムが示されています 107。このように、メンタライジング領域の高密度なセロトニン神経支配と、セロトニンが神経活動や社会的行動の調節において既知の役割を果たすことを考慮すると、前頭前皮質におけるセロトニン機能の障害が、自閉症におけるこれらの領域の機能抑制を引き起こしている可能性は十分に考えられます 46。
結論
本報告では、自閉症におけるミラーニューロンシステムの機能不全の仮説を支持する神経生物学的証拠を詳細に検討しました。MNS関連領域における皮質厚の減少は、社会的合図の処理と模倣の効率低下を示唆している可能性があります。メンタライジングに一貫して関与する脳領域、特にACCと傍帯状皮質における活動低下は、自閉症における社会的認知の障害の神経機能的な基盤を示していると考えられます。さらに、これらの領域はセロトニン神経が密に分布しており、前頭前皮質におけるセロトニン機能不全が、自閉症におけるこれらの領域の機能抑制に寄与している可能性が示唆されました。これらの構造的、機能的、および神経化学的な知見の集約は、自閉症の神経生物学の複雑な相互作用を示唆しています 3。
ただし、純粋なBMHに対する代替モデルの存在は、社会的障害の根底にある神経メカニズムのより包括的な理解の必要性を強調しています 5。EP-MモデルやSTORMモデルなどの代替モデルは、MNSまたはその調節に関連するより微妙な機能不全を提案しています 5。
今後の研究では、皮質厚と脳活動の発達変化を追跡する縦断的研究、自閉症におけるMNSおよびメンタライジングネットワークにおける様々なセロトニン受容体サブタイプの特定の役割の調査、およびこれらの神経生物学的異常を形成する遺伝的要因と環境的要因の相互作用を調査する必要があります 110。自閉症の神経生物学的基盤のより完全な理解を深めるための継続的な研究は、改善された診断および治療戦略の開発につながる可能性があります。