
社会不安障害(SAD)の本質から治療法、日本独自の概念である「対人恐怖」との違いまでを、体系的で分かりやすい書きました。
社会不安障害(SAD)入門ガイド
――対人不安の正体を知り、人生を広げるために――
最近、耳にすることが多くなった「社会不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)」。かつて日本で「対人恐怖症」と呼ばれていたものに近い概念ですが、現代の医学ではより明確に定義されています。
1. 社会不安障害(SAD)とは何か?
一言で言えば、「他人に見られること」「他人に判断されること」に過度の不安を感じる病気です。
- 核心にある恐怖: 自分の行動が他人から否定的に評価されることを常に恐れています。
- 不合理の自覚: 患者さんは「自分の不安は不合理(ばかばかしい)」と分かっています。それなのに、不安を止められずに苦しんでいるのが特徴です。
- 単なる「内気」との違い: 不安のために「行くべき場所に行けない(回避行動)」が生じ、社会生活に具体的な支障が出ている場合にSADと診断されます。
主な症状
- 身体症状: 震え、赤面、動悸、吐き気、顔の引きつり、発汗、頻尿など。
- 精神症状: 予期不安(場面を想像してリハーサルし、何度も不安を体験してしまう)。
- 回避行動: 会議、食事、電話、人混みなど、注目を浴びる場面を避ける。
2. SADの背景と実態
- 有病率: 人口の5〜10%程度と、決して珍しい病気ではありません。
- 発症時期: 中学から大学にかけての若年層に多く、30〜40歳を過ぎてからの初発は稀です。
- 人生への影響: 交流を避けるため未婚率が高く、親戚や家族ぐるみの付き合いが困難になることもあります。
- アルコールとの関係: 緊張を和らげるために酒の力を借り、結果としてアルコール依存症に陥るケースがあるため注意が必要です。
3. 日本独自の「対人恐怖」との違い
日本の「対人恐怖症」は、欧米のSADよりも広い概念です。
| 特徴 | 社会不安障害(SAD) | 重症の対人恐怖(思春期妄想症) |
|---|---|---|
| 現実認識 | 歪みはない(不合理だと自覚) | 歪みがある(妄想的な確信) |
| 主な症状 | 恥をかくことへの不安 | 視線恐怖、自己臭恐怖、醜形恐怖 |
| 自我の境界 | 保たれている | 自我漏洩(自分の考えが漏れている等) |
| 関係性 | 神経症レベル | 統合失調症の入り口に近い場合がある |
特に「自分の視線が相手を不快にさせている」といった自己視線恐怖は、SADよりも深い病理(自我漏洩症状)として区別されます。
4. 治療の方法
SADは適切な治療で改善します。治療の目標は、症状をゼロにすることだけではなく、「社会生活の制限から解放されること」にあります。
① 薬物療法(第一選択:SSRI)
脳内のセロトニン系を調整するSSRI(抗うつ薬)が非常に有効です。
- 主な薬剤: フルボキサミン(ルボックス)、パロキセチン(パキシル)など。
- 経過: 効果が出るまで2〜4週、確実な判断には3ヶ月を要します。
- 注意点: 飲み始めの1週間は一時的に不安が強まることがありますが、その後低下していくので心配いりません。
- 期間: 最低1年は継続することが推奨されます。自信を持って社交できる技術(Social Skill)を身につけるまでの時間が必要です。
② 心理療法と「生きる知恵」
- 森田療法: 「あるがまま」の心を受け入れ、不安を排除しようとせず、目的本意で行動することを目指します。
- 支持的カウンセリング: 医師やカウンセラーとの対話を通じ、自信を回復していきます。
5. セルフチェック:不安を感じる場面(LSAS-J 簡易版)
以下の項目で強い不安を感じ、それを避けたいと思いますか?(アメリカの文化を背景にしているため、参考程度にご覧ください)
- 人前で電話をかける
- 少人数のグループ活動に参加する
- 公共の場所で食事や飲酒をする
- 権威ある人(目上の人)と話す
- 観衆の前で話をしたり、何かを行ったりする
- 人に見られながら字を書く(記帳など)
- 初対面の人と会う、目を合わせる
- 人々が着席している場所に入っていく
- 会議で意見を言う、仲間の前で報告する
- 店に品物を返品する
結びに:映画『アメリ』に学ぶ知恵
映画『アメリ』の主人公アメリも、人付き合いに不器用なSADに近い気質を持っています。また、彼女の父親も強迫的な傾向があります。
大切なのは、「症状を抱えつつも、いかに良く生きるか」という知恵です。アメリは自分の殻に閉じこもる代わりに、知恵を絞って「人のためになること」を始めました。人間的な知恵とは、テストの点数ではなく、自分の特性と付き合いながら人生を広げていく工夫のことです。
まずは「自分は内気なだけではなく、治療可能な状態なのかもしれない」と認識することから始まります。適切なサポートがあれば、人生の可能性は大きく広がります。
