メンタライジング能力の発達の道筋
「メンタライジング能力の発達の道筋」とは、人間が発達の過程で**他者の心の状態(意図・感情・信念・欲求など)を理解し、推測する力=心の理論(Theory of Mind)**をどのように獲得していくか、その発達的な段階や特徴を指します。
これは通常発達児と自閉スペクトラム症(ASD)の子どもで大きく異なります。以下に、まずは定型発達(非ASD)の子どもの場合の発達の道筋を解説し、続いて自閉スペクトラム症の子どもとの違いを説明します。
🧠 定型発達の子どもにおけるメンタライジングの発達段階
発達心理学では、子どもが他者の心を理解する力を段階的に獲得することが示されています。
年齢 | 発達段階 | 内容 |
---|---|---|
0〜1歳 | 共同注意(Joint Attention) | 他人と一緒に同じ対象に注意を向ける(例:大人が指差した先を見る) |
1〜2歳 | 意図の理解 | 他人の行動が「目的を持って行われている」ことを理解し始める |
2〜3歳 | 欲求の理解 | 他人にも異なる欲求があると理解し始める |
3〜4歳 | 視点取得(Perspective-Taking) | 他人が自分とは異なる視点・知識を持つことに気づく |
4〜5歳 | 一次的誤信念の理解(False Belief Task) | 他人が間違った信念を持っていることを理解する(例:サリーとアン課題) |
6〜7歳〜 | 二次的誤信念の理解・複雑な感情理解 | 「AはBがCについてこう思っていると考えている」という複層的な思考が可能になる |
これらを通して、人間は徐々に他者の心の中の“見えない状態”を理解できるようになるのです。
🧩 自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの場合
◆ 特徴的な遅れと質的な違い
- メンタライジング能力の発達は、単なる「遅れ」ではなく「質的に異なる」。
- 共同注意の形成が不十分だったり、視線や表情の意味をくみ取る力が弱い傾向があります。
- そのため、「他者の内面世界」への関心や理解が育ちにくい。
◆ 具体的な違い
項目 | 定型発達児 | ASD児 |
---|---|---|
指差しに注目するか | 他人の指差しに反応し、注目を共有 | 他人の指差しを無視、または別の意味で解釈 |
表情・視線の意味理解 | 喜怒哀楽など表情から感情を読み取る | 表情や視線の意味が分かりづらく、反応が乏しい |
サリーとアン課題(誤信念課題) | 4歳頃から正答 | 7〜8歳以降でも困難なことがある |
他人の視点・感情の推測 | 日常的な会話・行動で自然に行う | 意識的な学習や支援が必要 |
🔧 発達を支えるための支援と介入
◆ 介入によって改善する可能性もある
- 自閉スペクトラム症の子どもでも、適切な支援によってメンタライジング能力は向上することがあります。
- ただし「直感的」な理解ではなく、「ルールや知識として覚える」ことが多いです。
◆ 有効な支援法(例):
- ソーシャルストーリー:社会的状況でどう行動すべきかを短い物語形式で教える。
- 心の読み取りトレーニング:表情・視線・声のトーンから感情を推測する練習。
- ピア・メディエーション:他の子どもとのやりとりを支援者が仲介し、実践的な学びを促す。
- 視覚的支援:表情カード、絵カードを使って視覚的に感情や意図を学ぶ。
- メタ認知訓練:自分の考えと他人の考えを区別する練習。
✅ まとめ:メンタライジングの発達は「段階的かつ個人差が大きい」
- 定型発達では比較的自然に獲得されるが、自閉スペクトラム症の人々では獲得が困難であり、継続的な支援が必要。
- 年齢とともに「メンタライジング的な理解」が徐々に表れるケースもあるが、多くの場合は**「直感的理解」ではなく「認知的推論」**として獲得される。
はい、「サリーとアン課題(Sally-Anne Task)」をはじめとする、メンタライジング能力(心の理論)を評価する代表的な心理課題について、詳しく説明します。これらの課題は、特に自閉スペクトラム症(ASD)の研究や臨床評価で広く用いられています。
🧠 1. サリーとアン課題(Sally-Anne Task)
◆ 概要
「一次的誤信念(First-order false belief)」を理解できるかどうかを測定する、最も有名な課題の一つです。通常、4歳頃から定型発達児は正答できるようになります。
◆ 登場人物
- サリー:かごを持っている
- アン:箱を持っている
◆ ストーリーの流れ
- サリーはボールを自分のかごに入れて、その場を離れる。
- サリーがいない間に、アンがそのボールを箱の中に移す。
- サリーが戻ってきたときに、以下の質問をする:
◆ 質問
「サリーはボールをどこで探すと思う?」
◆ 答えの意図
- 正答:かご(=サリーはボールが移動したことを知らない、という“誤った信念”を持っていると理解している)
- 誤答:箱(=自分が知っている情報をサリーも知っていると誤って仮定)
◆ 自閉症の子どもとの関係
- 多くの自閉症の子どもは、自分が知っている現実の事実に基づいて「箱」と答える傾向があります。
- 他者の「間違った信念」を推測する力が弱いことを示しています。
🧠 2. スマーティーズ課題(Smarties Task)
◆ 概要
これも一次的誤信念課題で、より言語ベースのバージョンです。
◆ ストーリーの流れ
- 子どもに「この筒には何が入っていると思う?」とお菓子のSmartiesの箱を見せる。
- 子ども:「Smarties(チョコレート)!」と答える。
- 実際には鉛筆が入っていることを見せる。
- その後に質問: 「じゃあ、今ここにいない別の子(例:トム)がこの箱を見たら、何が入ってると思うかな?」
◆ 意図
- 他者が「見ていない」情報をどう推測するか=他者の視点の分離ができるかを問う。
- 正答:Smarties(他者は本当の中身を知らない)
- 誤答:鉛筆(他者も自分と同じ知識を持っていると思い込む)
🧠 3. 二次的誤信念課題(Second-order False Belief Task)
◆ 内容
これは**「AはBがCについてこう思っていると考えている」**というような、より複雑な心の入れ子構造の理解を測定します。
◆ 例(簡略化):
- ジョンは、メアリーがチョコレートを机の上に置くのを見ていた。
- メアリーがいない間に、ジョンはチョコを引き出しに移動させる。
- 質問:「メアリーが戻ってきたとき、ジョンはメアリーがどこにチョコがあると思っていると考えるでしょうか?」
◆ 意図
- **「他者の心の中の他者の心」**を推測する力を見る。
- 通常、6〜7歳以降に定型発達児が理解できる。
◆ 自閉症との関係
- 一次的誤信念よりもさらに困難。ASDの子どもや一部の成人でも苦手なことが多い。
🧠 4. 「読み取りテスト」:Reading the Mind in the Eyes Test(RMET)
◆ 内容
- 表情の目の部分だけを写した写真を見せて、そこから感情や心の状態を推測させる課題。
- 選択肢から「嫉妬」「戸惑い」「警戒心」などを選ばせる。
◆ 特徴
- 成人向けのテストとしても使用され、非言語的メンタライジング能力を評価できます。
- 自閉症スペクトラムの成人はこの課題でも得点が低くなる傾向があります。
✅ まとめ:各課題の比較表
課題名 | 測定対象 | 年齢の目安 | 自閉症での特徴 |
---|---|---|---|
サリーとアン課題 | 一次的誤信念 | 4歳〜 | 正答が難しいことが多い |
スマーティーズ課題 | 一次的誤信念(言語的) | 4歳〜 | 同上 |
二次的誤信念課題 | 複雑な心の理論 | 6歳〜 | 多くが困難を示す |
RMET(目の読解課題) | 非言語的感情推測 | 青年・成人 | 点数が低くなる傾向 |
これらの課題は、臨床や研究で使われるだけでなく、発達支援プログラムの目標設定や評価にも役立ちます。