PIP 業績改善プログラム(Performance Improvement Program)

(1)PIPとは?
PIPとは、「業績改善プログラム(Performance Improvement Program)」の略語です。
人事考課システムのひとつとして最近導入する企業が増えてきました。PIPの具体的手法は、対象となる労働者に対して「本人の業務改善」、「能力の開発・向上」などを目的として、比較的短期の期限を設けて、具体的な課題を課すといったスタイルが一般的です。

そして、その課題設定時に会社が労働者に対して、「仮にこのPIPの内容を達成できなかった場合は、降格、降給、または解雇といった不利益な処遇を受けることを認める」といった書面にサインさせることがあります。そのため、俗に、解雇圧力の一手であると言われることもあります。

(2)なぜ外資系企業はPIPを利用するのか?
PIPは、特に外資系企業で頻繁に行われています。企業によっては、PIPを就業規則の中に記載しているところもあります。

日系企業では、もともと、新卒を一斉に採用して定年まで終身雇用という文化が一般的でした。この慣習のもと、人事制度も、従業員ひとりひとりの業務内容を精査して人事評価を細かく行うというよりも、勤続年数やキャリアに応じて次第に地位や給料が上がっていくという仕組みが中心でした。

これに対して外資系企業では、新卒採用を行わなかったり、終身雇用という慣習もない企業が存在します。
ひとりひとりの能力や実績に応じた役割に対して、労働者は常に最高のパフォーマンスを上げるべきだという価値観が重視され、各制度もそれに基づいています。したがって、業績が上がらなければたちまち評価は下がり、改善を求めてもうまく行かない場合は、あっという間に降格や解雇へ進む可能性があるのです。

こうした厳しい評価や改善要求のシステムとして、特に外資系企業でPIPが機能してきたわけです。

(3)外資系企業と日本法
日本にも多数の外資系企業が進出しており、実際に多くの日本人が労働者として雇用されています。外資系企業には独自の風土や慣習があり、それ自体は尊重されるべきです。
しかし、法的な観点からは、日本で労働契約を結んでいる以上、日本の法律にもとづいて適法な行為をしなければなりません。

特に、解雇については、日本の法律や最高裁が示してきた厳格な基準があります。
具体的には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、会社が言い渡した解雇は無効だと判断されます。

(4)会社側の義務
そもそもいったん労働者を雇った以上、解雇する前に会社側がしっかりと指導や教育の義務を果たしている必要があります。また、仮に本人と現在の職務とが合わないとしても、会社側は、別の部署に配置転換を提案するなどの改善の努力を積極的に行うべきです。したがって、たとえ本人の能力が低いとしても、それのみを理由として直ちに解雇することは困難です。

(5)解雇とPIP
ということは、会社としては、解雇が有効であると主張するため、本人の能力改善のために最善の努力をしたと立証する必要があります。また、その改善提案を行ったにもかかわらず、本人がそれを達成できなかったことも合わせて主張立証する必要もあります。
その手段として、PIPが用いられることがよくあるわけです。

PIPという業務改善提案を会社や上司は必死に行った、本人に努力の機会を与えた、という事実を作るわけです。

では、PIPの内容が到底実行できないような内容だったとしても、達成できないことを理由に解雇できるのでしょうか。実際にこの点が争われた有名な判決をご紹介します。

(6)PIPによる不当解雇を不当として争った裁判例
PIPによる不当解雇を不当として争った裁判例として、有名なのは「ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京地裁平成24年10月5日判決、東京高裁平成25年4月24日判決)」です。

この事案では、1人の労働者(記者職)に対して、第1回PIP、第2回PIP、第3回のPIPが実行されました。そして、第2回目と、第3回目のPIP開始時には、もしもPIPを達成せず、会社が期待するパフォーマンス・レベルなどに達しない場合には、解雇を含む処分を与えることを示唆して行われたという事案です。

まさに解雇の予告ともいえる状況です。このPIPの内容には、それまでの2倍以上の独自記事(記者が独自に取材して執筆するもの)の作成や、月に1本以上のベスト・オブ・ザ・ウイーク賞(米国本社が審査の上、質の高い記事に与えられる賞)をとることなど、本人や会社の現状からすれば、達成が困難な課題を設定されていました。
PIPで設定された課題は達成されず、会社はこの労働者のパフォーマンスが低いとして解雇を言い渡します。この解雇処分を無効だとして労働者が裁判所に訴え出たのがこの事件です。

この事案において、裁判所は、日本の司法が、以前から用いてきた厳しい判断基準を用いて結論を導いています。

すなわち、能力不足を理由とする解雇には「客観的に合理的な理由」(労働契約法16条)が必要だとしたうえで、

① 労働者の能力の低下が、当該労働契約の継続を期待することができないほどに重大なものか
② 会社が労働者に対して改善を促し、努力反省の機会を与えたのに改善がされなかったか否か
③ 今後の指導による改善可能性の見込みの有無
といった観点からの検討が必要としました。
そのうえで、労働者の業務状況は、労働契約の継続を期待できないほど重大だったとはいえず、会社が労働者本人と問題意識を共有した上で改善を図ったとも認められないとし、解雇を無効と判示しました。

さらに、解雇されていなければ受け取っていたはずの解雇後の賃金についても全額の支払いを会社側に命じ、労働者側の勝訴に終わったのです。

2、外資系企業なら解雇は当たり前なのか?
(1)外資系企業の雇用契約の特徴
日本でよくみられる終身雇用制度は、雇用契約に期間の定めがないことが前提とされています。

他方、外資系企業では、そもそも定年という概念が一般的ではなく、採用当時から、自分の任務を数年単位で契約することが多いのです。この場合、雇用契約書には雇用期間の具体的な日付が最初から明記されており、その期限が来ると、契約を更新して同じ仕事を続けるか見直すことになります。

また、この際に、契約条件、つまり、給与や立場、任務内容なども改めて見直しますから、それまでの実績次第で、給料が下がったり、条件が悪化することもあり得るわけです。日本でいうところの契約社員のようなスタイルが、海外では一般的だということです。

このため、自分でしっかりと経験を積み、高いスキルを身につけていけば、さらに良いポジションを求めて転職することもごく当然に行われます。あくまで実力主義、成果主義が徹底されている点に、日本の従来の企業体制との違いがみられます。

(2)外資系では解雇は当たり前!?
とはいえ、外資系企業のやり方が日本で全て通用するわけではありません。
本社が外国にあろうと、企業トップが外国人であろうと、日本で事業を行う以上、日本の法律に基づいて従業員との関係を築かなければなりません。

外資系企業にはこうした日本のルールに慣れてないために、無理なPIPを設定し、従業員を解雇に追い込むことがあるようですが、それは日本では許されないのです。

3、解雇は大きく分けて3種類。退職勧奨との違いとは?
解雇には大きく分けて、懲戒解雇と普通解雇があります。さらに、普通解雇は、整理解雇と諭旨解雇とに分けられます。
以下、その違いを見てみましょう。

(1)懲戒解雇
懲戒解雇とは、従業員側の悪質な行為等を理由として行われる解雇です。
具体的には、長期の無断欠勤、会社財産の横領、会計不正、重大な犯罪行為などの理由がよく見られます。懲戒解雇はその理由となる事由と、懲戒の種類・程度が就業規則に明記されている必要があります。

(2)普通解雇
普通解雇とは、懲戒解雇以外の解雇のすべてを指しています。

後述の整理解雇も厳密には普通解雇に含まれますが、分けて論じることも可能です。整理解雇以外の普通解雇としては、本人が重大な病気にり患して業務を続けられない場合や、能力が著しく低く、業務に支障をきたす場合などがあります。上記のブルームバーグ判決は、この普通解雇について争われたものです。

普通解雇についても、解雇の理由が就業規則に定められている必要があります。さらに、その理由に客観的合理性があり、解雇としての相当性がある場合に限って解雇が有効とされます。なお、仮に普通解雇が有効であっても、会社は従業員に対して、30日前までの解雇予告を行うか、または、解雇予告手当ての支給が必要となります。

(3)整理解雇
整理解雇とは、普通解雇のうち、事業の継続が現在または将来において困難だという場合、人員整理として行う解雇のことです。一般的に「リストラ」と呼ばれる状況です。

整理解雇が有効か否かは、「整理解雇の4要件」から判断されます。

整理解雇の4要件
① 本当に(経営状況から見て)人員整理の必要性があるか
② 解雇回避の努力義務を行ったか
③ 仮に誰かを解雇しないといけないとしても、この人物を選んだこと自体に合理性があるか
④ 仮にそれがやむを得ないとしても本人に対して、事前に説明・協議は十分に行われたか
(4)解雇と退職勧奨との違い
退職勧奨は文字通り、会社側が労働者に対して退職を勧めることを指します。
解雇との違いは、会社が一方的に労働者を辞めさせるのではなく、最終的には、労働者自身が退職届を出したり、会社と労働者で合意をしたりして雇用契約を終了させる点にあります。

退職勧奨は単なる勧めですから、従業員はこれに応じる必要はありません。
しかし、あまりにしつこく繰り返されると、解雇を強要されたのと同様の状態になる場合があります。こうした状況が続くと、単なる「勧奨」を超えて、本人を解雇に追い込んだことになり、つまりは実質的に「解雇」にあたると判断される場合があります。

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