ケースフォーミュレーション(case formulation)

「ケースフォーミュレーション(case formulation)」とは、心理療法や臨床心理学の実践において、クライエントの問題を単なる症状の集まりとしてではなく、その人固有の人生史、性格特性、環境要因、認知的・感情的パターンなどの相互作用として理解しようとする試みである。言い換えれば、診断(diagnosis)が「分類」であるのに対し、ケースフォーミュレーションは「理解」である。診断が「どのカテゴリーに属するか」を問うのに対し、フォーミュレーションは「なぜその人が、いま、そのように苦しんでいるのか」を問う。

この概念は、認知行動療法(CBT)や精神力動的心理療法、人間学的心理療法など、ほぼすべての心理療法理論において重要な位置を占める。例えばCBTにおけるケースフォーミュレーションは、問題行動や感情反応を維持している「認知的スキーマ」や「自動思考」を特定し、それがどのように形成され、現在の生活にどのように影響しているかを図式的に整理する。一方、精神力動的な枠組みでは、無意識的葛藤、防衛機制、対人関係パターンの理解を通して症状の意味を読み解く。いずれにしても、目的は「この人にとっての意味ある理解」を得ることである。

ケースフォーミュレーションは、単に理論を当てはめる作業ではない。それは、クライエントの語りと臨床家の理解とが対話的に交差する「物語の構築作業」と言える。心理療法家は、面接や観察、心理検査などから得られる多様な情報を統合しながら、「どのような背景と文脈のもとで、現在の問題が成立しているのか」という仮説を立てる。この仮説は固定されたものではなく、治療の進行とともに修正され、洗練されていく。したがってケースフォーミュレーションは、動的で、開かれた理解のプロセスである。

また、ケースフォーミュレーションには三つの機能があるとされる。第一に、「理解の枠組み」を提供し、臨床家が迷子にならずにクライエントを把握するための地図となること。第二に、「治療方針の立案」に資すること。フォーミュレーションによって、どの要因に焦点を当て、どの技法を選択するかが明確になる。第三に、「共有と協働のための道具」であること。クライエントとこの理解を共有することで、治療同盟が強化され、自己理解が深まることが期待される。

最も重要なのは、ケースフォーミュレーションが「その人を説明すること」ではなく、「その人に寄り添いながら、共に理解すること」を目的としている点である。もしそれが一方的な解釈や理論の押し付けになれば、かえってクライエントの体験を平板化してしまう。良いフォーミュレーションとは、クライエント自身が「そうか、そういうふうにも見えるのか」と感じられるような、生きた理解でなければならない。それは診断名よりもはるかに柔らかく、しかし的確に、その人の苦悩の文脈を照らし出す灯である。

要するに、ケースフォーミュレーションとは、心理療法における「科学と物語の架け橋」である。理論的知見に裏打ちされつつも、個々の人生の独自性を損なわずに理解する。その作業を通して、心理療法家は「問題を解く人」から「意味をともに見出す人」へと変わっていくのである。

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