CCRT(中心的関係葛藤主題)をより深く理解するために、具体的な架空のケースと、それに基づいた分析例を提示します。
CCRTの具体例:ケース「Aさん」
クライエントの背景
- Aさん(30代男性): 職場で新しい企画を提案する際や、親しい友人に個人的な悩みを打ち明ける際に、しばしば**「孤立感」や「過小評価されている感覚」**に苛まれるという問題を抱えています。
- 治療面接では、彼が経験した対人関係の具体的なエピソード(関係性エピソード:Relationship Episodes)を複数収集し、分析を行います。
ステップ1:関係性エピソードの収集と分析
ここでは、Aさんが語った2つの異なる関係性エピソードを分析します。
エピソード1:職場での出来事
| 構成要素 | 内容 |
| 具体的な状況 | Aさんは、時間をかけて作成した企画書を上司に提出しました。 |
| 欲求 (W) | 私は、上司に自分の努力を認められ、高く評価されたい。 (Wishes: 承認されたい、有能さを認めてほしい) |
| 他者の反応 (RO) | 上司は企画書をざっと見て、「アイデアは良いが、この部分のミスはいただけないね」と、提案全体ではなく些細なミスだけを指摘した。 (Responses from Others: 批判、不十分さの指摘、承認の欠如) |
| 自己の反応 (RS) | Aさんは深く落胆し、無力感を感じた。そして、「どうせ頑張っても報われない」と感じ、その後は新しい提案をするのを控えるようになった。 (Responses of Self: 落ち込み、無力感、回避、自己制限) |
エピソード2:友人との会話
| 構成要素 | 内容 |
| 具体的な状況 | Aさんは親友に、最近経験したプライベートでのストレスについて、思い切って相談しました。 |
| 欲求 (W) | 私は、友人に親身になって話を聞いてもらい、共感とサポートを得たい。 (Wishes: 理解されたい、助けてほしい、慰めてほしい) |
| 他者の反応 (RO) | 友人は「ああ、それは大変だね」と形式的に相槌を打った後、「でもさ、実は俺も最近…」と、すぐに自分の話題に変えてしまった。 (Responses from Others: 無視、無関心、話題の横取り) |
| 自己の反応 (RS) | Aさんは強い怒りを感じたが、それを表現せず抑え込んだ。心の中で「やはり人に頼るのは間違いだ」「自分は誰にも理解されない」と結論付け、今後はもう個人的なことは話すまいと決めた。 (Responses of Self: 怒りの抑圧、孤独感の増大、関係からの撤退) |
ステップ2:CCRT(中心的関係葛藤主題)の抽出と定式化
複数のエピソードから繰り返し抽出された3つの構成要素を統合し、Aさんの中心的関係葛藤主題を定式化します。
1. 中心的な「欲求」(W)
- 定式化されたW: 「私は、他者に認められ、サポートされ、特別に思われたい」
2. 中心的な「他者の反応」(RO)
- 定式化されたRO: 「しかし、人は私を批判するか、無視し、私が必要とすることをくれない(拒絶する)」
3. 中心的な「自己の反応」(RS)
- 定式化されたRS: 「その結果、私は傷つき、怒りを感じ、自分は価値がないと感じ、他者から距離を置く(諦め、回避する)」
CCRTの最終定式化
AさんのCCRTは、以下のシンプルな一文にまとめられます。
「私が認められ、サポートされたいと望むとき(W)、他者は私を拒絶・批判する(RO)。それゆえ、私は無力感に苛まれ、傷つき、他者から引き下がってしまう(RS)。」
ステップ3:臨床的意味合い
このCCRTは、Aさんがなぜ対人関係で孤立感を感じ、自己評価が下がるのかを明確に示しています。
- 葛藤の理解: Aさんは「認められたい」という強い欲求を持ちながら、過去の経験から「どうせ拒絶されるだろう」という予想(RO)を抱いています。この予期が、実際の他者の反応をそのように解釈させやすくします(認めている部分があっても、批判点にばかり注目する)。
- 問題の維持: 拒絶されるたびにAさんは「引きこもる」「諦める」(RS)という行動をとるため、「認められたいという欲求」を満たすための行動を自ら制限してしまいます。結果として、本当に孤立し、CCRTのパターンが強化されてしまうという悪循環に陥っています。
治療での活用
このCCRTを治療で用いることで、Aさんは以下のことを達成できるようになります。
- 気づき(Insight): 自分が無意識にこのパターンを繰り返していることに気づく。
- パターン修正: 治療者との関係(治療関係も重要な関係性エピソードとなる)を通して、「引き下がる」(RS)以外の新しい反応を試み、安全な環境で「拒絶されること」に対する耐性を高める訓練を行う。
- 現実検討: 他者の反応(RO)が、本当に「完全な拒絶」なのか、それとも自身の**「拒絶の予期」**によって歪めて解釈されていないかを確認する。
このようにCCRTは、クライエントの対人関係における中核的な問題をシンプルかつ構造的に把握し、治療の焦点と方向性を定めるための強力なツールとなります。
