「朝三暮四」は、意味は知っているつもりでも、よく考えると腑に落ちにくい言葉の代表格です。
朝三暮四とは何か(まずは定義)
**朝三暮四(ちょうさんぼし)**とは、
目先の違いに惑わされて、本質的には同じことだと気づかないこと
を意味する故事成語です。
元になった話(なぜ「朝三・暮四」なのか)
中国・荘子に出てくる話です。
ある人が、猿にトチの実(ドングリのようなもの)を与えていました。
- 「朝に3つ、夕方に4つやろう」と言うと
👉 猿たちは怒った。 - そこで「では、朝に4つ、夕方に3つにしよう」と言うと
👉 猿たちは喜んだ。
しかし──
合計はどちらも7つで同じです。
ここでの「分からなさ」の正体
あなたが「よく分からない」と感じるのは、とても自然です。
なぜなら、この話には少し引っかかる点があるからです。
① 本当に猿は「愚か」なのか?
人間の側から見ると、
「合計同じなのに、なぜ怒ったり喜んだりするの?」
と思いますよね。
でも、猿にとっては、
- **「今すぐもらえる量」**が増えるかどうか
- 夕方のことより、朝のことが切実
だったのかもしれません。
👉 つまり
猿は計算できないのではなく、時間の重みが違う。
② だまされたのは猿だけ?
この話、表向きは
「猿は目先に惑わされる愚かな存在」
という教訓のように見えます。
しかし荘子は、むしろ
人間も同じではないか?
と言っていると読むことができます。
- 給料の「月給制」と「年俸制」
- 「今月だけ割引」と「長期的には同じ支払い」
- 「朝に楽」「後で苦労」か、「最初に苦労」「後で楽」
👉 数字が同じでも、見せ方が変わると評価が変わる。
朝三暮四の本当のポイント
単に「バカだ」という話ではありません。
本質はここです
- 人は、合計や本質よりも
- 順番・タイミング・言い方に強く影響される
ということ。
そしてさらに深く読むと、
本質が同じでも、どう受け取るかで幸せも不幸も変わる
という逆説にもなります。
だから「よく分からない」と感じたのは正解
朝三暮四は、
- 表面的には「愚かさの例え」
- でも深く考えると「人間心理の鋭い観察」
- さらに言えば「価値はどこに宿るのか」という哲学
を含んだ言葉です。
「朝三暮四」を精神療法や人生観の文脈で考えると、この言葉は急に「愚かさの例え」ではなく、人間が生き延びるための知恵のようにも見えてきます。
1. 精神療法における「朝三暮四」
① 認知は「合計」ではなく「配置」で決まる
精神療法、とくに認知行動療法や人間学的精神療法では、次のことがよく知られています。
- 同じ出来事でも
- どこに注意が向くか
- いつ意味づけされるか
によって、体験の質が大きく変わる。
朝三暮四の猿は、
- 「一日7個」ではなく
- 「朝にもらえる数」
に意味を置いた。
これは、うつや不安の人が
- 「今週は何もできなかった」
- 「今日は朝起きられた」
のどちらに焦点を当てるかで、一日の体験が変わるのと同じです。
👉 療法では、あえて「朝四」に注目させることがある。
② 朝三暮四は「再フレーミング」
心理療法の用語で言えば、これはリフレーミングです。
- 現実は変わっていない
- 合計も同じ
- しかし「枠(フレーム)」が変わる
多くの精神療法は、
人生を変えるのではなく
人生の見え方を変える
営みです。
朝三暮四は、その最古のモデルのひとつとも言えます。
2. 人間学的・実存的視点から見る朝三暮四
① 時間は均等ではない
実存哲学では、時間は「均質な線」ではありません。
- 朝は「始まり」
- 夕は「消耗」
- 夜は「耐える時間」
猿にとっても、人間にとっても、
未来の1は、現在の1より軽い
フランクルが言うように、
意味は常に「今ここ」でしか経験されない。
朝三暮四の違いは、
「意味が宿る場所」の違いなのです。
② 苦しみをどう配分するか
人生でも、よく似た選択があります。
- 若い頃に苦労して、後で楽をする
- いま楽をして、後で苦しむ
合計の苦労は同じかもしれない。
それでも人は悩みます。
これは合理性の問題ではなく、
どの時間に、どの重さを背負うか
という生の感覚の問題です。
朝三暮四とは、
人生の負荷配分の問題とも言えます。
3. 精神療法は「上手な朝三暮四」を教える
ここが大事な点です。
精神療法は、
「朝三暮四に騙されるな」と教えるのではありません。
むしろ、
自分を壊さない朝三暮四を選べ
と教える営みです。
- 今日は全部できなくてもいい
- 今週は3割でいい
- 今は生きているだけで合格
これは「現実逃避」ではなく、
回復の時間軸を尊重する態度です。
4. 朝三暮四は「希望の技法」でもある
うつ状態の人にとって、
- 「人生全体」
- 「将来」
- 「一生」
は重すぎます。
そこで療法は言います。
「今日はここまででいい」
「朝に4つあれば十分」
これは欺瞞ではなく、
希望を現在に配置する技術です。
5. では、朝三暮四は悪なのか?
答えはシンプルです。
- 他人を操作するための朝三暮四 → 危険
- 自分を生かすための朝三暮四 → 知恵
荘子自身も、
世界を一つの物差しで測ることを疑っていました。
まとめ(人生観として)
朝三暮四とは、
人生は合計ではなく、配分で生きられている
という洞察です。
精神療法とは、
意味と希望を、今日という時間に置き直す作業
だと言えるでしょう。
