これは、支持的精神療法の最深部にある問いです。
「支持的である」とは、優しさでも消極性でもなく、
きわめて重い倫理的選択です。
以下では、支持的であることを
態度・倫理・責任の三層で言語化します。
1. 「支持的」とは何を支持しているのか
まず決定的な誤解を外します。
支持的精神療法は、
- 症状を支持することでも
- 現状を肯定することでも
- 苦悩を固定することでもありません。
支持されているのは、
その人が、まだ壊れきらずに存在しているという事実
です。
症状や防衛や依存は、
存在を守るために成立した構造であり、
それを即座に解体しないという選択が
「支持的」であるということです。
2. 支持的であることの倫理的核心
――「善を急がない」という倫理
医療倫理ではしばしば、
- 善行(beneficence)
- 無危害(non-maleficence)
が並列されますが、
支持的精神療法ではこの二つが
緊張関係に置かれます。
支持的であるとは、
「良くしよう」とする衝動を、自ら制御すること
です。
これは放棄ではなく、
自己抑制としての倫理です。
3. 支持的であることが要求する責任
支持的であることは、
決して「楽な立場」ではありません。
むしろ、責任は増大します。
責任①:時間に耐える責任
- 効果が見えない時間を引き受ける
- 成果を語れない関係を続ける
- 自分の無力感を処理する
支持的である治療者は、
自分の不全感の管理責任を負います。
責任②:境界を保つ責任
支持的であることは、
しばしば「何でも受け入れる」と誤解されます。
実際には、
- できないことはできないと言う
- 危険な行為には介入する
- 依存が破壊的になれば調整する
という、
明確な境界管理が不可欠です。
支持は、無制限ではありません。
責任③:沈黙の意味を引き受ける責任
支持的関係では、
語られないことが多くあります。
- 問われない過去
- 解釈されない感情
- 名づけられない絶望
治療者は、
その沈黙が「見捨て」ではないことを、行為で示し続ける
責任を負います。
4. 支持的であることの倫理的危険
支持的であることは、
常にリスクを伴います。
危険①:慢性化の正当化
- 本来必要な介入を遅らせる
- 変化可能性を見誤る
危険②:治療者の安定化
- 関係が惰性化する
- 治療者自身が変化を恐れる
危険③:制度的隠蔽
- 「何も問題は起きていない」ことにされる
- 苦悩が見えなくなる
だからこそ支持的であることは、
常に再吟味されなければならない立場です。
5. 支持的であることが治療である条件
支持的関係が
倫理的に治療として成立するためには、
少なくとも次が必要です。
- 生活が守られている
- 関係が継続している
- 尊厳が侵害されていない
- 変化の可能性が閉じられていない
- 治療者が自分の立場を自覚している
この5つが崩れたとき、
支持的であることは
怠慢や共犯に転化します。
6. 支持的精神療法の倫理的逆説
支持的であることは、
- 最も目立たず
- 最も評価されず
- 最も言語化されにくい
しかし同時に、
最も人を壊しにくい介入
でもあります。
この逆説を引き受けること自体が、
支持的精神療法の倫理なのです。
7. 支持的であることの責任の本質
最終的に、支持的であることの責任とは、
「この人の人生を、
自分の治療成果に回収しない」
という覚悟
だと言えます。
それは、
- 治療者の成功物語を手放し
- 学派的正しさを手放し
- 変化を急がない
という、
専門家としての自己制限です。
8. 結語
支持的精神療法は、
技法ではなく、
倫理的態度です。
それは、
- 何もしないことではなく
- 何でもすることでもなく
「壊さないことに、全責任を負う」
治療のあり方
です。
