**「日本的精神療法と都市・制度・時間感覚」**という枠組みでまとめます。
これは臨床技法の話ではなく、なぜ日本ではこの臨床が成立してきたのかという
構造論です。
1. 日本的精神療法は「都市臨床」である
まず重要な前提は、日本的精神療法は
都市でこそ成立してきたという点です。
ここでいう都市とは、
- 人口が多い
- 匿名性が高い
- 役割から一時的に降りられる
- 失敗が致命傷になりにくい
という環境を指します。
都市は、
「回復しきらない人」を排除せずに置いておける空間
を提供してきました。
2. 都市と「慢性性」の相性
都市生活はしばしば病理化されますが、
精神療法的には逆の側面があります。
都市が可能にする慢性性
- 目立たずに通院できる
- 完全な役割遂行を求められない
- 断続的に関われる
地方共同体では、
「いつまでも治らない」ことは
逸脱として可視化されやすい。
都市では、
治らないまま、存在し続けることが可能
になります。
これは、日本的精神療法の
隠れた前提条件です。
3. 制度が作った「時間の余白」
日本の医療制度、とくに精神科外来は、
- フリーアクセス
- 長期通院の容認
- 比較的低額な自己負担
によって、
「いつまでに治るか」を問われない時間
を生み出しました。
制度はしばしば批判されますが、
この点においては、
- 支持的精神療法
- 慢性期臨床
- 日常診療
を制度的に可能にしたと言えます。
4. 「制度の中の無目的性」
日本の精神科制度の特異点は、
- 点数はつくが
- 成果は要求されない
という矛盾した構造です。
これは、
制度が、非目的的な関わりを黙認している
ということでもあります。
欧米のように、
- 期間限定
- 成果評価
- アウトカム管理
が強い制度では、
日本的精神療法は成立しにくい。
5. 日本的時間感覚と精神療法
日本的精神療法の背景には、
独特の時間感覚があります。
特徴
- 線形ではない
- 進歩を前提としない
- 繰り返しを含む
臨床でよくある、
「まあ、ぼちぼち行きましょう」
という言葉は、
単なる慰めではなく、
時間哲学の表明です。
6. 都市・制度・時間の相互補強
この三者は独立ではなく、
相互に補強し合っています。
- 都市 → 匿名性と余地
- 制度 → 継続可能性
- 時間感覚 → 焦らない倫理
この三つが重なったところに、
日本的精神療法という生態系
が成立しました。
7. なぜ今、揺らいでいるのか
近年、この生態系は不安定化しています。
要因
- 成果主義的医療評価
- 短期介入モデルの輸入
- 都市の過密化と孤立
- 医療資源の圧縮
結果として、
「治らないまま通うこと」が
説明不能になりつつある
8. 日本的精神療法の未来的課題
今後問われるのは、
- この臨床文化を
- どう守り
- どう説明し
- どこまで制度化するか
という問題です。
完全に理論化すれば失われ、
放置すれば切り捨てられる。
9. 仮の総括
日本的精神療法とは、
都市が与え、制度が支え、
日本的時間感覚が育てた、
「急がない治療文化」である
それは、
- 回復を急がず
- 成果を誇らず
- 人を制度に回収しない
という点で、
きわめて脆弱で、同時に倫理的です。
10. 全体を貫く一文(暫定結論)
日本的精神療法は、
「都市と制度と時間が、
人の回復を急がせないことで成立した臨床」である
