**「欧米の回復モデル(recovery model)との非対称性」**を、
価値判断を急がず、構造の違いとして整理します。
これは「どちらが正しいか」ではなく、
何が前提として違っているのかの話です。
1. 回復モデルとは何か(最小限の定義)
欧米の回復モデルは、医学的治癒とは区別され、
- 症状の有無にかかわらず
- 意味ある人生を再構築する
- 主体性・自己決定・希望を重視する
という理念として提示されました。
表面的には、日本的精神療法とも親和的に見えます。
しかし、臨床レベルでは深い非対称性があります。
2. 非対称性①:回復は「宣言」されるが、日本では「起こる」
欧米
- 回復は「目標」として設定される
- 回復ナラティブが奨励される
- I am in recovery という自己定義
日本
- 回復は宣言されない
- 「良くなった」とも言わない
- いつの間にか生活が変わる
日本的臨床では、
回復を語ること自体が、しばしば負担になる
語れない人が「回復していない人」になるからです。
3. 非対称性②:主体性の位置づけ
欧米
- 主体性=選択・決断・自己主張
- ゴール設定と自己管理
日本
- 主体性=場にとどまる力
- 関係を切らない力
- 無理に決めない力
日本的精神療法における主体性は、
動かないことを選び続ける主体性
という、欧米では評価されにくい形を取ります。
4. 非対称性③:時間のモデル
欧米
- 回復はプロセスだが、方向性は前向き
- 成長・獲得・拡張の物語
日本
- 時間は循環的・停滞的
- 後退・反復・足踏みを含む
日本では、
「何年も同じ」という状態が、
必ずしも失敗を意味しない
この時間感覚は、回復モデルの評価指標と噛み合いません。
5. 非対称性④:慢性性の扱い
欧米
- 慢性性は克服されるべき課題
- サービスは期限付き
- 自立が最終目標
日本
- 慢性性は生の条件の一部
- 長期関係が前提
- 依存と自立は二項対立ではない
欧米モデルでは、
「慢性であり続けること」が
理念的に居場所を持ちにくい
のに対し、日本的臨床はそこに現実的居場所を用意します。
6. 非対称性⑤:言語と沈黙
欧米
- 語ること=回復
- ナラティブの再構築
日本
- 語らなくてよい
- 語れないまま生きる
日本的精神療法では、
語らない自由が、回復を支える
場合があります。
7. なぜ非対称なのか(文化的背景)
この非対称性は、文化的基盤に由来します。
- 個人主義 vs 関係主義
- 契約社会 vs 継続社会
- 自己責任 vs 相互扶助
- 成果主義 vs 存在容認
回復モデルは、
自己を語れる主体を前提に設計されています。
日本的精神療法は、
語れなくなった主体を前提にしています。
8. 翻訳不可能性と誤解
そのため、次の誤解が生じます。
- 日本の臨床は回復を諦めている
- 慢性化を温存している
- 依存を助長している
しかし実際には、
回復を「定義しない」ことで、
こぼれ落ちる人を減らしている
という側面があります。
9. 統合は可能か?
完全な統合は困難ですが、
相補性は考えられます。
- 欧米モデル:言語化・権利・主体性の回復
- 日本モデル:時間・関係・沈黙の保持
どちらか一方ではなく、
語れる人には回復モデルを、
語れない人には日本的精神療法を
という使い分けが、最も倫理的かもしれません。
10. 結語(非対称性の核心)
欧米の回復モデルは、
「回復できる人のための思想」であり、
日本的精神療法は、
「回復を語れなくなった人のための臨床」である
この非対称性を理解せずに
一方を他方に適用すると、
必ず誰かが傷つきます。
