第10章 世俗社会における〈信仰なき宗教性〉
本章の目的:宗教的信仰の不在下で、精神医療や社会制度が担う倫理的・精神的機能を考察し、世俗社会における「信仰なき宗教性」の可能性を検討する。
従来、宗教は個人の倫理観形成、共同体の秩序維持、精神的支えという多重の機能を果たしてきた(Durkheim, 1912/1995)。近代化が進むにつれ、特に日本においては宗教的信仰は個人生活の中心から相対的に退き、世俗化が進展した。このような文脈では、制度や社会慣習が宗教の代替的役割を果たすことがある。精神医療制度はその一例である。制度は患者の権利、倫理的配慮、社会的連帯を規定し、宗教的倫理に依存せずとも精神的な枠組みを提供する(Taylor, 2007)。
「信仰なき宗教性」とは、信仰対象を必ずしも持たず、制度・規範・文化的慣習を通じて倫理的・精神的秩序を維持する社会的構造を指す。これは、制度が宗教の代替として機能する可能性を示す概念である。例えば、精神医療における患者権利条項や倫理委員会の運用は、宗教的倫理の機能である「善行のガイド」「責任感の育成」「救済の象徴」を形式化したものである。
しかし、信仰なき宗教性は救済機能の不在という欠点を伴う。宗教が提供する絶対的な価値や究極的な救済の感覚が欠落しているため、制度や倫理は現実的・手続き的な枠組みにとどまる傾向がある。これにより、精神医療者や患者は倫理的判断の重さや孤立感をより直接的に感じることになる。この点で、制度が果たす「宗教以前」の役割は、秩序維持や倫理的指針を提供する一方で、精神的支えとしての機能は限定的である(Luhmann, 2000)。
日本社会における可能性として、信仰なき宗教性は、江戸時代からの倫理思想や生活規範、現代の法制度・医療制度と結びつくことで補強される。すなわち、倫理的枠組みは、宗教的信仰に依存せずとも社会的秩序や精神的支えを提供しうる。しかし、制度と文化のみに頼る場合、倫理は形式化しやすく、柔軟性や個別性が損なわれる危険がある。この点で、前章で論じた制度の柔軟性維持は、信仰なき宗教性を成立させる条件となる。
結論として、現代日本における精神医療制度は、信仰を伴わないまま倫理的・精神的枠組みを提供する「信仰なき宗教性」の一端を担う可能性を持つ。制度は宗教の代替ではあるが、倫理的柔軟性や臨床判断の余地を確保することで、制度的価値と精神的支えの両立を目指すことができる。これにより、世俗社会においても倫理的指針を提供する社会的装置として精神医療が位置づけられる。
脚注:
- Durkheim, E. (1912/1995). The Elementary Forms of Religious Life. New York: Free Press.
- Taylor, C. (2007). A Secular Age. Cambridge, MA: Belknap Press.
- Luhmann, N. (2000). The Reality of the Mass Media. Stanford: Stanford University Press.
