第5章 日本的近代化――科学を受け入れ、宗教を拒否した社会
本章の目的:明治以降の日本における科学技術の受容と宗教的倫理の拒否を分析し、その精神的・倫理的影響を考察する。
明治維新以降、日本は西欧の科学技術を積極的に受け入れながら、キリスト教的宗教倫理はほとんど採用しなかった。この選択は、近代化の速度と効率を優先する政策判断に支えられていた(Tipton, 2002)。政府は欧米の教育制度、法律、軍事技術を導入する一方で、国家神道や儒教的道徳を社会規範として残し、宗教的価値体系の根本的変革は避けた。
西欧においては、近代科学の発展がキリスト教倫理と不可分に結びついていたのに対し、日本では科学技術は宗教的背景なしに導入された。例えば、理科教育や工学教育は、西洋の自然科学を忠実に再現する形で導入されたが、倫理教育や宗教的動機付けは伴わなかった(Koschmann, 1996, pp. 34–40)。この結果、日本は科学技術の面では近代化に成功したが、倫理的・精神的成熟という面では未熟な側面を残すことになった。
この構造は、経済活動や政策運営にも影響を及ぼした。西欧的な「精神」と制度の偶然的結合が欠如していたため、科学技術は制度化された効率や生産性を追求する一方、倫理や社会的価値を先取りすることはできなかった。その結果、経済合理性や技術合理性が倫理的制約を越えて暴走するリスクが潜在的に存在したのである(Yamamura, 1993)。
さらに、江戸時代の石門心学や二宮尊徳の思想に見られる「勤勉・倹約・貯蓄」の倫理は、西欧のプロテスタント的職業倫理と類似した機能を持っていたとされる(Koyama, 2008)。しかし、これらは宗教的体系の中での精神規範ではなく、道徳教育や地方行政を通じた社会的習慣として定着していた。そのため、科学技術の発展や国家制度に直接的に倫理的指針を与えるには限界があった。
結果として、日本の近代化は、「科学技術の受容」と「宗教倫理の不在」という二重構造を持つことになった。この構造は、制度や政策が技術合理性を優先することで倫理的空白を生む傾向をもつことを示している。同時に、精神医療や社会制度の設計において、倫理や価値をどのように制度化するかという課題を先取りする重要な文脈を提供している。
結論として、日本的近代化は、科学・技術の効率性と倫理・宗教の乖離という特有の構造を形成した。この二重構造を理解することは、後続の章で議論する精神医療制度の倫理的課題や制度化の限界を考察する上で不可欠である。
脚注:
- Tipton, E.K. (2002). Modern Japan: A Social and Political History. London: Routledge.
- Koschmann, J.V. (1996). The Mito Ideology: Discourse, Reform, and Insurrection in Late Tokugawa Japan. Berkeley: University of California Press.
- Yamamura, K. (1993). The Economic Emergence of Modern Japan. Cambridge: Cambridge University Press.
- Koyama, S. (2008). Ninomiya Sontoku and the Ethics of Economic Virtue. Tokyo: University of Tokyo Press.
