第9章 技術合理性が倫理を侵食する地点
本章の目的:本章では、技術合理性が倫理的判断や精神的価値を上書きする過程を分析し、精神医療における具体的なリスクと臨界点を明らかにする。
近代化と科学技術の進展に伴い、社会制度は効率性・合理性を最優先する傾向を強めてきた。マックス・ウェーバーの指摘する「官僚制の鉄の檻」において、技術合理性は制度運営の核心となり、人間的価値や倫理的配慮を圧迫することがある(Weber, 1922/1978)。精神医療においても、薬物療法や心理評価スケール、統計的アウトカム指標の導入により、倫理的判断は往々にして技術的判断に置き換えられる傾向がある。
例えば、入院患者の退院判断において、標準化されたスコアやマニュアルに基づく評価が優先される場面では、患者の個別の文脈や生活史、家族関係など倫理的配慮が二次的になることがある。この現象は、ノーマン・マカントニの「技術中心主義批判」と呼応し、技術的最適化が倫理的判断を「非効率」とみなす過程を示す(MacIntyre, 1981)。つまり、制度的に効率を追求するあまり、患者の尊厳や人間的関係性は制度的ルーチンの犠牲になる。
さらに、精神医療技術の進歩は、倫理的失敗を可視化する一方で、技術的失敗にすり替えるリスクも孕む。例えば、再入院率や症状改善スコアが改善しない場合、制度側は「治療技術の不十分さ」として責任を限定化し、倫理的責任の所在を曖昧化することがある。このような状況は、倫理的・精神的判断を「技術化」することで、制度運営上の矛盾を回避する構造を生む(Foucault, 1963)。
以上より、技術合理性は制度的効率をもたらす一方で、倫理的価値を圧迫する臨界点を生み出す。この臨界点を認識し、制度設計や実務上で「倫理的余白」を確保することが、現代精神医療における重要課題である。
第10章 倫理を制度化すると、なぜ必ず壊れるのか
本章の目的:本章では、倫理的価値や理念を制度化する際に生じる変質・空洞化のプロセスを分析する。
制度化とは、倫理的価値を公式ルールや手続きに組み込み、組織全体で運用可能にする行為である。しかし、制度化の過程で、倫理は往々にして形式化され、本来の意図や文脈から切り離される(Weick, 1976)。精神医療においても、倫理指針やガイドラインが制定されると、倫理は「守るべき規則」として固定化され、柔軟な判断や臨機応変の倫理的対応が困難になる。
例えば、自殺リスク評価チェックリストは、臨床判断を支援する一方で、チェック項目に基づく機械的判断を誘発する危険がある。倫理的行為が「項目を満たすこと」と同一視されると、本来の患者への配慮や信頼関係が損なわれる(Beauchamp & Childress, 2013)。制度化により倫理は「保存」されるどころか、むしろ空洞化する可能性があるのである。
さらに、制度化された倫理は「成功」を達成すると逆に破壊的になることがある。たとえば、完璧な遵守の達成感が組織内で生まれると、制度は自己完結的になり、新しい倫理的課題や価値変化への対応力を失う(Scott, 2001)。したがって、倫理は「守るもの」ではなく「揺らすもの」として制度の中で機能させる必要がある。
第11章 制度の中で、どうやって制度に抵抗するのか
本章の目的:制度内部で倫理的価値を維持するための具体的戦略や抵抗の方法を提示する。
制度に内在する技術合理性や手続き主義に対して、単純な破壊や反抗ではなく、あえて曖昧性や余白を残すことが重要である。これは、James C. Scottの「隠れた抵抗」概念にも通じる(Scott, 1985)。精神医療においては、手続きの厳格さを部分的に柔軟化することで、倫理的判断や個別対応を可能にする。
具体的には、患者記録や評価項目の解釈に一定の裁量を残し、失敗を個人化せず制度全体で受け止める技法が有効である。たとえば、症状改善が見られなくても、臨床家が制度的評価に依存せず、患者の生き方や価値に基づき判断を行う余地を残すことで、制度内での倫理的抵抗が可能となる。
また、制度内部で「役に立たなさ」を敢えて残すことも重要である。制度が全てを効率化することを避けることで、倫理的価値の多様性や臨床の創造性が維持される。精神医療者は、制度のルールを遵守しつつ、倫理的位置を確保することで、制度を壊さずに価値を守ることができる。
第12章 精神医療は〈失敗を引き受ける制度〉になりうるか
本章の目的:本章では、精神医療制度が倫理的失敗をも含めて責任を引き受ける可能性とその条件を検討する。
失敗とは技術的失敗と倫理的失敗に二分されるが、精神医療制度において重要なのは、倫理的失敗を制度の外に押し出さず、制度自体で引き受ける構造を構築することである(Foucault, 1963; Giddens, 1984)。具体的には、再入院や症状悪化など、制度上の「アウトカム不良」を個人の責任に還元せず、制度全体で学習し改善する仕組みが求められる。
制度の成熟は、単に手続きの確立や技術の向上ではなく、失敗を制度内で受容し、再発防止や倫理的学習に変換できる柔軟性に依存する。精神医療はこの点で、倫理的価値と技術的合理性の交差点における臨界領域であると言える。
