精神医療・ケアが担ってきた「例外性」を制度化すると、
その瞬間に、ケアの核心である〈余白〉〈遅さ〉〈非評価性〉が失われる。
以下、何が、どのように失われるのかを、段階的に整理します。
Ⅰ.制度化とは何が起きることか
制度化とは単に「公的になる」ことではありません。
それは、
- 定義される
- 測定される
- 評価される
- 比較される
ことを意味します。
👉 制度化とは、ケアを「説明可能な対象」に変換すること。
この変換で、何が削ぎ落とされるのか。
Ⅱ.まず失われるもの①:〈非評価性〉
1.評価は善意でも侵入する
制度化されると、必ず問われます。
- 改善したか
- どれくらい早く
- どれくらい費用対効果があるか
しかしケアが守ってきたのは、
「評価されないでいること」
でした。
- 良くなっていなくても来ていい
- 進展がなくても続いていい
- 後退しても関係が切れない
👉 評価指標が入った瞬間、
ケアは回復競争に組み込まれる。
Ⅲ.失われるもの②:〈時間の自由〉
1.制度は時間を管理する
制度は必ず、
- 期限
- 回数
- フェーズ
- 標準経路
を設定します。
これは制度としては合理的ですが、
心が壊れるプロセスは、標準化できない。
2.「遅いこと」が許されなくなる
- 治療が長引く=失敗
- 慢性化=問題
- 改善しない=非効率
という語りが強まる。
👉 ケアが持っていた「待つ力」が失われる。
これは、先生が長く論じてこられた
「慢性化を許すことの倫理」が、最初に切り捨てられる部分です。
Ⅳ.失われるもの③:〈関係の非対称的な温度〉
制度化された関係では、
- 役割
- 権限
- 責任
- 境界
が明確になります。
一見、安全で透明ですが、
ケアに必要な「揺らぎ」が消える。
- 予定外の一言
- 記録に残らない沈黙
- その場限りの情動
制度はそれを
「逸脱」「例外」「再現性なし」として排除する。
Ⅴ.失われるもの④:〈意味の多義性〉
制度は意味を一つに定めたがります。
- これは症状
- これは改善
- これは逸脱
- これは成功
しかしケアが扱ってきたのは、
まだ意味が決まっていない体験
- 痛みなのか
- 抵抗なのか
- 休止なのか
- 別の生き方の萌芽なのか
制度化は、
この「未決定性」を早期に閉じてしまう。
Ⅵ.失われるもの⑤:〈治療者の倫理的自由〉
制度化は治療者を守る一方で、
- 手続き遵守
- マニュアル適合
- リスク回避
を優先させます。
その結果、
「この人には、今は何もしない方がいい」
という、
もっとも難しく、もっとも倫理的な判断が
制度的に不可能になる。
Ⅶ.それでも制度化が必要な理由(否定ではない)
誤解を避けるために重要なのは、
- 制度化が「悪」なのではない
- 制度化は、ケアを社会的に存続させるために必要
という点です。
- 財源確保
- 不正防止
- アクセスの平等
- 治療者の過重労働防止
👉 問題は
「制度化するか否か」ではなく、
「何を制度化し、何を制度化しないか」。
Ⅷ.では、何をあえて「制度化しない」か
逆説的な提案ですが、重要なのは:
- 治療の「成果」
- 改善の「速度」
- 介入の「正解」
を、あいまいなまま残すこと。
制度化するときに、
「これは測らない」
「これは評価しない」
「これは記録しすぎない」
と決める勇気。
Ⅸ.一文でまとめるなら
精神医療・ケアを制度化すると、
公平性と引き換えに、
遅さ・曖昧さ・例外性という、
人を壊さずに守ってきた核心が失われる。
だから精神医療は、
常に制度の内側にいながら、
制度になりきらない抵抗を
引き受け続ける領域なのだと思います。
