経験的回避(Experiential Avoidance)

**経験的回避(Experiential Avoidance)**とは、不快な思考、感情、身体感覚などの内的な経験を、避けたり、抑制したり、コントロールしようと試みることを指します。

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)では、この経験的回避が**「心理的非柔軟性」**を生み出し、人間のあらゆる苦痛の核心にある主要な病理学的プロセスの一つであると位置づけています。

経験的回避のメカニズムと代償について詳述します。

1. 「コントロールの罠」:外界と内界の混同

人間は、外界の問題を解決する際に非常に優れたスキルを発揮します。

  • 外界の解決: 髪型が気に入らなければ切り直し、壁の色が気に入らなければ塗り直すことができます。
  • 内界への誤用: 私たちはこれと同じスキルを内面にも適用できると誤解し、「不安」や「悲しみ」を髪や家と同じようにコントロールできるはずだと信じてしまいます。

しかし、思考や感情を抑制しようとすればするほど、それらはかえって強く現れ(リバウンド効果)、苦痛を増幅させることが研究で実証されています。

2. 短期的な効果と長期的な代償

経験的回避は「即座」には効果があるように見えるため、私たちはその罠に陥りやすくなります。

  • 短期的な効果: 不安な社交場を避けたり、嫌な感情を麻痺させるためにアルコールを飲んだりすれば、その瞬間は不安が軽減されるかもしれません。
  • 長期的な制限: 最終的には、自由に生きる能力が大きく制限され、恐れは持続します。アルコール使用の例では、長期的にはネガティブな感情が強まり、自分が真に望む姿(良い友人、愛情深い父親など)であることを妨げてしまいます。

3. 「心理的柔軟性」への道

経験的回避の対極にあるのが、これまでの対話でも触れた**アクセプタンス(受容)**です。

  • アクセプタンスの役割: 内的な経験を変えようと格闘するのをやめ、生じるものすべてを「優しく受け止める」ことです。
  • 行動の促進: 痛みを避けるためにバー(酒場)に向かうのではなく、不快な感情を抱えたまま、息子の試合に出席するといった価値に基づいた選択を可能にします。

これまでの議論との接続

以前議論した「日本的な『恥』の文化」や「空気への忖度」は、一種の社会的・集団的な経験的回避と見ることもできます。社会的な摩擦や「恥」を避けるために自己の感情を抑圧(回避)し続けることは、短期的には調和を保ちますが、長期的には個人の主体的な価値観や「父性的な責任」を曖昧にするという代償を伴います。

経験的回避をやめることは、自分の内面にある「不快な物語(内容としての自己)」をコントロールしようとする無駄な努力を手放し、自らの価値に従って生きるためのスペースを作ることなのです。

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