**認知の脱フュージョン(Cognitive Defusion)とは、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)における核心的な技法の一つで、「思考から一歩引き、その存在を客観的に観察するプロセス」**を指します。
思考の内容を「真実」として鵜呑みにするのではなく、単なる「言葉」や「脳内の出来事」として捉え直すことで、思考に振り回されない自由な選択(心理的柔軟性)を取り戻すことを目的としています。
1. 「フュージョン(融合)」と「脱フュージョン」の違い
私たちが苦痛を感じる時、多くの場合、思考と自分自身が一体化してしまう**「認知のフュージョン」**が起きています。
- 認知のフュージョン: 思考の内容を文字通り真実として受け入れ、それに衝動的に反応してしまう状態です,。例えば、「自分はダメな人間だ」という思考とフュージョンすると、その言葉に支配され、新しい挑戦を諦めるといった行動制限が生じます。
- 認知の脱フュージョン: 思考を自分自身から切り離された「単なる内言(セルフ・トーク)」として観察します。思考の内容に対する**「関係性」を変えること**が重要であり、思考そのものを消し去る必要はありません,。
2. 脱フュージョンの目的:行動のスペースを作る
脱フュージョンの究極の目的は、思考の内容に駆動されるのをやめ、「自分にとって大切な方向(価値)」に進むためのスペースを確保することにあります。
- 思考は消えない: 「自分はダメだ」という思考が消えなくても、それを「空を横切る飛行機が引いているバナー」のように眺めることができれば、その思考に邪魔されることなく、自分の価値観に沿った行動を選べるようになります,。
- 心理的柔軟性: 思考や感情に支配されるのではなく、今この瞬間に存在し、心を開いて大切なことを行う能力(心理的柔軟性)を高めます。
3. 言語と苦痛の関係(RFTの視点)
ACTの背景にある関係フレーム理論(RFT)によれば、人間の高い認知能力や言語能力こそが、苦痛の原因になるとされています,。
- 言語による評価: 人間は物理的な特性だけでなく、言語による社会的慣習(例:10セント硬貨は5セント硬貨より小さいが、価値は「大きい」)に基づいて刺激を関連付けます。
- コントロールの罠: 私たちは外の世界(家や髪型)をコントロールするように、内的な経験(思考や感情)もコントロールできると信じがちですが、思考を抑制しようとするほど、それはより強く現れてしまいます,。脱フュージョンは、この「コントロールしようとする格闘」から抜け出す手段となります。
4. 前回の議論(日本の近代化・倫理)との接続
これまでの対話で議論した「日本の近代化における超越的倫理の不在」という文脈に重ねると、興味深い対比が見えてきます。
- 「内面の物語」からの解放: 日本の近代化において、「天皇の息子だから勇敢でなければならない」といった**「概念化された自己」**(内容としての自己)の物語が個人の行動を縛ってきました。
- 言語による制御: 脱フュージョンは、そのような「内面化された規範(空気や忖度)」や「自己の物語」を、一歩引いた視点(文脈としての自己)から客観的に言語化し、観察するプロセスと言えます,。
