回復できない時間と、精神医療の役割
序章
「回復しなければならない」という息苦しさについて
近年、精神医療の世界では「回復(リカバリー)」という言葉が、ほとんど自明の善として語られるようになった。
症状からの回復、個人的回復、社会的回復――とくに就労を含む社会的回復は、支援や治療の最終目標として強く位置づけられている。
それは、間違っているわけではない。
働くことが人にリズムや自尊心を与え、生活の安定につながることは確かにある。
勤勉に働くことを尊ぶ倫理が、社会を支えてきた側面も否定できない。
「働かざる者食うべからず」と言われれば、確かにそういう一面はある。
問題は、それが唯一の正解のように語られ始めたときである。
臨床の現場にいると、「回復」という言葉が、希望というよりも、どこか命令に近い響きを帯びている場面にしばしば出会う。
回復しなければならない。
回復できるはずだ。
回復に向かわないのは、努力が足りないからだ――。
こうした言葉は、誰かが悪意をもって放っているわけではない。
むしろ善意から、現実的な配慮から、制度を回すための合理性から生まれている。
だからこそ、余計に扱いが難しい。
回復できる人にとっては、それは追い風になる。
しかし回復できない人、あるいは回復の速度が社会の期待に追いつかない人にとっては、
「まだ足りない」「まだ不十分だ」という評価として、静かに積み重なっていく。
この息苦しさは、単に患者側の問題ではない。
臨床家自身もまた、その空気の中にいる。
就労支援をどう位置づけるか。
診断書に何を書くか。
「もう少し頑張れるのではないか」と促すべきか、それとも立ち止まることを許すべきか。
ここには、正解がない。
あるのは、常に揺れる判断だけだ。
本稿では、回復モデルや就労支援を単純に否定することはしない。
それらが多くの人を支えてきた事実も、社会が働く人々の勤勉さによって成り立ってきたことも、確かに重要だからである。
しかし同時に、
回復モデルが制度化されることで生じる暴力性、
就労を中心に据えた支援が人を追い詰める逆説、
そして臨床家が知らぬ間に「制度の代理人」になってしまう危うさについても、目をそらさずに考えたい。
「それはそうだ。
しかし、それだけではない。」
この曖昧で、腰の据わらない態度こそが、
実は臨床にもっとも近い立ち位置なのではないか。
本稿は、その曖昧さを整理し、言葉にする試みである。
第1章
勤勉就労倫理はどこから来たのか――ウェーバーと日本
「働くことは良いことだ」という感覚は、あまりに自明で、ふだんその由来を考えることは少ない。
働くことは社会参加であり、自立であり、尊敬に値する。
逆に、働いていない状態は、どこか後ろめたく、説明を要するものとして扱われがちである。
この感覚を思想史的に整理したのが、マックス・ウェーバーである。
ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、近代資本主義の成立を、単なる経済的発展ではなく、宗教的・倫理的態度の変化として捉えた。
彼が注目したのは、プロテスタント、とりわけカルヴァン主義における禁欲的な生活態度である。
労働は神から与えられた使命(ベルーフ)であり、勤勉に働くことそれ自体が宗教的価値を持つ。
浪費や享楽は忌避され、得られた富は再投資される。
この倫理が、結果として資本の蓄積と合理的経済活動を促した、というのがウェーバーの議論であった。
重要なのは、ここでの勤勉就労倫理が、単なる強制ではなかった点である。
それは、世界に意味を与え、不安を鎮めるための内面的な支えでもあった。
「働いている自分」は、正しい生の軌道に乗っているという感覚を与えた。
一方、日本における勤勉倫理は、これとはやや異なる経路をたどっている。
日本では、近代以前から、家や村といった共同体の中で、働くことは当然の義務であり、同時に生活保障と密接に結びついていた。
働く者は守られ、守られるから働く。
そこでは、労働と福祉、道徳と生活が、まだ分離していなかった。
近代化以降、日本社会は急速に産業化し、会社という新しい共同体を形成した。
勤勉に働くことは、個人の徳であると同時に、組織への忠誠でもあった。
長時間労働や自己犠牲は、批判されつつも、どこか美徳として語られてきた。
ここでの勤勉就労倫理もまた、単なる抑圧ではなかった。
会社は生活を支え、身分を与え、人生の物語を用意した。
働くことは、社会に居場所を持つことと、ほぼ同義だったのである。
しかし、ウェーバーが指摘した宗教的基盤も、日本型の共同体的基盤も、現代では大きく揺らいでいる。
それでもなお、「働くべきだ」という倫理だけが、半ば裸のまま残っている。
意味を与えてくれていた宗教も、
守ってくれていた共同体も弱まり、
それでも勤勉であることだけが要求される。
このとき勤勉就労倫理は、支えではなく、重荷になりやすい。
とくに、働けない事情を抱えた人にとっては、「なぜ働けないのか」を絶えず説明させる圧力として立ち現れる。
この倫理が、いかにして変質し、福祉や精神医療の領域に入り込んでいくのか。
次章では、ウェーバー以後の社会――福祉国家と新自由主義の中で、勤勉就労倫理がどのように姿を変えたのかを見ていく。
第2章
ウェーバー以後――福祉国家と新自由主義のねじれ
ウェーバーが描いた勤勉就労倫理は、宗教的意味づけや共同体的支えを背景にして成立していた。
しかし20世紀に入り、その前提は大きく変わる。
二度の世界大戦と大恐慌を経て、西欧諸国では「働けない人が生きていけない社会は、もはや維持できない」という認識が共有されるようになった。
ここから登場したのが、福祉国家である。
福祉国家は、勤勉就労倫理を否定したわけではない。
むしろそれを前提としながら、例外を制度として引き受ける仕組みだった。
病気、障害、失業、老い――
「働きたくても働けない状態」を社会が支えることが、近代国家の責務とされたのである。
ここでは、重要な転換が起きている。
援助はもはや、家族や慈善家の「好意」ではなく、権利として位置づけられる。
援助する側の善意や人格に依存しないことは、確かに大きな前進だった。
しかし同時に、勤勉就労倫理は微妙に変質する。
働くことは依然として「通常の状態」とされ、
福祉は「一時的な逸脱を是正する装置」として設計された。
つまり福祉は、
「働かなくてもよい」
ではなく、
「いずれ働くための準備期間」
として理解されやすくなった。
この構造が、後に新たな緊張を生む。
1970年代以降、経済成長の鈍化と財政負担の増大を背景に、福祉国家は批判にさらされる。
そこで登場したのが、新自由主義である。
新自由主義は、国家による過度な介入を疑い、個人の選択と責任を強調する。
福祉は縮小され、代わりに「自立」「自己決定」「自己責任」という言葉が前面に出てくる。
このとき勤勉就労倫理は、再び強く要請される。
しかしその性格は、ウェーバーの時代とも、福祉国家初期とも異なる。
もはやそれは、
世界に意味を与える倫理でも、
共同体に守られた徳目でもない。
結果を出せるかどうかが、すべてになる。
働けるか。
稼げるか。
自立しているか。
できなければ、それは個人の選択や努力の問題として処理される。
福祉はここで、
「権利」から
「条件付きの支援」へと姿を変える。
支援を受けるには、努力していること、改善に向かっていることを示さなければならない。
この構造は、合理的で公平に見える。
しかし、精神疾患のように、努力と結果が直結しない領域では、深刻な歪みを生む。
回復は「プロセス」ではなく「成果」として測られ、
支援は「次の段階へ進む意志」があるかどうかで評価される。
こうして、
福祉国家が緩衝材として抱え込んできたはずの人々が、
再び勤勉就労倫理の直撃を受けることになる。
このねじれ――
勤勉であることを求めながら、
それを支えていた意味や関係性を失った社会。
次章では、この構造が日本においてどのような形をとり、
とりわけ精神医療の領域で、どのように表れているのかを見ていく。
第3章
日本型新自由主義と精神医療――自己責任論の浸透
新自由主義は、理念としてはグローバルなものだが、日本に導入されたとき、独特の形をとった。
それは「自己決定」や「自由な選択」を強調するというより、むしろ自己責任だけが前面に出るかたちで受け取られた。
日本では、もともと勤勉就労倫理が強く内面化されていた。
働くことは「普通」であり、働けない状態は説明を要する。
そこに新自由主義的な言説が重なることで、
「働けないのは仕方がない」
ではなく、
「働けない理由を示せ」
という圧力が生まれる。
精神疾患は、この構造と非常に相性が悪い。
身体疾患と違い、症状は外から見えにくく、経過も直線的ではない。
努力すれば必ず良くなるわけでもなく、意欲そのものが症状によって損なわれることもある。
それにもかかわらず、回復や就労が「本人の意思」や「取り組み姿勢」と結びつけられやすい。
ここで、精神医療は二重の役割を背負わされる。
一方では、患者の苦しみを理解し、支える場でありながら、
他方では、
- 就労可能かどうか
- 支援を継続すべきか
- 社会資源を使う「資格」があるか
を判断する装置として機能する。
診断名は、保護の根拠であると同時に、選別の道具にもなる。
この構造の中で、「自己責任論」は露骨な言葉として語られなくても、
もっと穏やかな表現で浸透していく。
「このままでいいんですか」
「目標を持ったほうがいいですよ」
「少しずつでも前に進かないと」
これらは、善意の言葉である。
しかし同時に、「立ち止まること」を許さないメッセージでもある。
日本の精神医療では、長らく「慢性化」が問題とされてきた。
長期入院、社会的入院、回復しない患者――。
それらへの反省から、地域移行や回復志向が強調されるようになった経緯がある。
その流れ自体は理解できる。
だが、慢性化を一律に「失敗」とみなす視線が生まれたとき、
そこには別の暴力が立ち上がる。
回復しないことが、
治療の失敗であり、
本人の努力不足であり、
支援の無駄遣いであるかのように扱われる。
このとき精神医療は、
苦しみを引き受ける場所から、
「回復できる人を見極める場所」へと変質する。
日本型新自由主義のもとでは、
精神医療はしばしば、
社会の自己責任論をやわらかく翻訳する装置として使われる。
露骨に「自己責任だ」とは言わない。
その代わりに、
「回復を目指そう」
「社会参加を考えよう」
「自分らしい生き方を見つけよう」
という言葉が並ぶ。
だが、これらの言葉が、
「働けないままでいることは許されない」
という前提を含んでいるとき、
患者は言葉を失う。
次章では、この流れの中で形成された回復モデルが、
いかにして人を支える概念から、人を追い詰める規範へと変わっていったのかを考える。
第4章
回復モデルが持つ暴力性
回復モデル(リカバリーモデル)は、もともと精神医療における希望の言葉として登場した。
それは、症状の消失や社会復帰だけを治療の目標とする医学モデルへの批判として生まれたものである。
回復とは、症状が残っていても、その人がその人なりの人生を生き直していく過程である。
働いていなくても、完全に治っていなくても、尊厳ある生活は可能である。
当事者の語りを中心に据え、本人の価値観や意味づけを尊重する。
本来、回復モデルは、管理や強制から人を解放する思想だった。
ところが、このモデルが制度に組み込まれた瞬間、性質が変わる。
制度は、評価と説明を必要とする。
予算を確保するためには成果が求められ、
支援を正当化するためには指標が必要になる。
こうして回復は、
「その人のプロセス」ではなく、
「測定可能な結果」へと変換される。
就労しているか。
支援から卒業したか。
社会保障費は減ったか。
回復は、いつの間にか社会にとって都合のよいゴールになる。
このとき回復モデルは、静かな暴力性を帯びる。
回復は、もはや希望ではなく、期待になる。
期待はやがて、義務へと姿を変える。
回復しないこと。
回復が遅いこと。
回復を望まないこと。
それらは、表立って非難されなくても、
「問題」として扱われる。
患者は、次第に学習する。
不調を正直に語ると、支援が遠のくかもしれない。
少し良くなったと言うと、次の段階に押し出される。
結果として、本音を語らなくなる。
ここで起きているのは、回復モデルの「裏切り」である。
当事者の語りを大切にするはずのモデルが、
当事者を沈黙させてしまう。
回復が演技になる。
回復しているふりをするか、
回復していないことを証明し続けるか、
どちらかを選ばされる。
この暴力性は、目に見えにくい。
殴られるわけでも、脅されるわけでもない。
ただ、「正しい方向」が示されているだけである。
しかし、その正しさから外れることの不安は大きい。
支援を失うかもしれない。
理解されなくなるかもしれない。
社会から見放されるかもしれない。
こうして回復モデルは、
人を支えるための思想から、
人を選別するための規範へと変わっていく。
重要なのは、これが誰かの悪意によって起きているわけではないという点である。
制度を維持するため、
限られた資源を配分するため、
説明責任を果たすため――
すべて合理的な理由がある。
だからこそ、この暴力は止めにくい。
次章では、とりわけ日本で強調されがちな就労リカバリーに焦点を当て、
回復を「働くこと」と短絡させる危うさについて考えていく。
第5章
就労リカバリーという目標の危うさ
回復モデルが制度に組み込まれるとき、もっとも分かりやすい成果指標として採用されるのが「就労」である。
働いているかどうかは、外から見て判断しやすく、数字にもなりやすい。
そのため、回復=就労という図式が、いつの間にか当然のものとして流通する。
もちろん、就労が回復に資する人は少なくない。
生活リズムが整い、人との関わりが生まれ、自己効力感が回復する。
仕事が回復の一部になること自体を否定する理由はない。
問題は、就労が回復の条件になるときである。
日本には、就労移行支援や就労継続支援といった制度が整備されている。
これらは本来、働くことに困難を抱える人のための支援であり、
段階的に、無理なく社会参加を促すことを目的としている。
しかし現場では、しばしば逆の力学が働く。
就労支援の利用そのものが、
「次は就職を目指す段階に入った」というメッセージとして受け取られ、
まだ体力も不安定で、症状の波も大きい人が、
準備の整わないまま前に押し出される。
治療目標と生活目標が、ここで混線する。
本来、
「症状を悪化させずに生活を維持すること」
「壊れないこと」
が最優先であるはずの段階で、
「働けるかどうか」が問われ始める。
結果として、
就労訓練に通うことで疲弊し、
症状が悪化し、
通院や服薬が不安定になる――
という逆説的な事態も珍しくない。
にもかかわらず、就労支援は「前向きな取り組み」として評価されるため、
中断することが、
「後退」
「意欲の低下」
と解釈されやすい。
ここで患者は、二重に追い詰められる。
無理をして続ければ壊れる。
やめれば「回復していない」と見なされる。
就労リカバリーが持つ最大の問題は、
働くことが手段から証明に変わる点にある。
働いていることが、
「頑張っている証拠」
「回復している証拠」
「支援に値する証拠」
になるとき、
働けない状態は、説明責任を伴うものになる。
この構造は、精神疾患の特性と根本的に噛み合わない。
不安や抑うつ、幻覚や妄想は、努力や意欲とは独立して揺れ動く。
その揺れの中で生活を保つこと自体が、すでに仕事のような負荷を持つこともある。
就労リカバリーは、
人を社会につなぐためのはずの目標が、
人を社会から排除する基準になりうる。
次章では、
「働けない人を社会が支える」という現代的選択そのものが持つ難しさ、
個人による援助と社会福祉の違い、
そして避けがたいモラルの問題について考えていく。
第6章
社会が支援するということの難しさ
働けない人が経済的に困窮したとき、社会が支援する。
これは現代社会において、ほとんど前提とされている選択である。
生活保護や障害年金、各種の福祉サービスは、その具体的な形だ。
この方向性自体を否定することは、現実的ではない。
家族や地域共同体だけで、生活困難を引き受けることはもはや不可能だからである。
社会が一定の責任を引き受けることは、必要であり、不可逆的な流れでもある。
しかし同時に、この仕組みには、構造的な難しさが伴う。
対照的な例として、
資産のある個人が、働けない人を援助する場面を考えてみると分かりやすい。
個人による援助では、
援助するかどうかは完全に自由であり、
援助をやめる自由もある。
援助される側も、感謝するかどうか、どのような態度で生きるかは自由で、
その結果を自分で引き受けることになる。
関係は不安定だが、分かりやすい。
そこには、責任の所在が明確な、具体的な人間関係がある。
一方、社会による支援は、そうはいかない。
社会が支援するためには、まず財源を確保しなければならない。
税や保険料として集められた資源を、
制度に基づいて分配する必要がある。
そこには、公務員や専門職、さまざまな機関が関与する。
援助する主体は、「社会」「国家」「自治体」といった抽象的な存在になる。
援助される側にとっては、
それが好意なのか、義務なのか、権利なのか、分かりにくい。
権利として保障されることは、確かに重要である。
だが同時に、
「当然受け取るもの」
として理解されることで、
援助をめぐる感情や倫理が宙に浮く。
さらに、制度が大きくなればなるほど、
非効率や不正、形式化は避けられない。
制度の隙間をうまく利用する人も出てくる。
いわゆる「制度に寄生する人間」が生じる可能性は、構造的に排除できない。
これは、道徳の問題というより、制度の問題である。
社会福祉による救済は、
人間の善意に依存しない代わりに、
人間の弱さやずるさも、一定程度織り込まざるをえない。
問題は、この曖昧さを、社会がどこまで引き受けられるかである。
支援が無条件に見えると、
「なぜ自分は働いて税を納めているのか」という不満が生まれる。
逆に、条件を厳しくすれば、
本当に支援が必要な人がこぼれ落ちる。
この緊張関係は、解消する決定的な方法を持たない。
だからこそ、社会はしばしば、
「回復」や「就労」といった目標を掲げ、
支援に意味づけを与えようとする。
支援は無駄ではない。
この人はいずれ自立する。
そう説明することで、制度は正当化される。
しかしそのとき、
支援は「生きるための土台」から、
「成果を生むための投資」へと姿を変える。
次章では、この論理が診察室に入り込み、
臨床家がいつの間にか制度の代理人になってしまう瞬間について考えていく。
第7章 臨床家が制度の代理人になる瞬間
臨床家は、ふだん自分を「制度の代理人」だとは思っていない。むしろ逆に、制度から患者を守ろうとしている、と思っていることのほうが多いだろう。しかし実際には、臨床の現場には、臨床家自身が気づかないかたちで制度が入り込む瞬間がいくつも存在する。
その典型は、「次の段階」という言葉である。
「そろそろ就労を考えてみませんか」
「もう少し社会参加を目標にしましょう」
「回復のステップとしては、次はここです」
これらの言葉は、いずれも善意から発せられている。患者を停滞から引き上げたい、閉塞を打破したいという誠実な動機がある。しかし同時に、そこには制度が要請する時間軸が忍び込んでいる。回復は段階的であるべきだ、改善は可視化されるべきだ、という暗黙の前提である。
臨床家が制度の代理人になる瞬間とは、命令や強制が行われる場面ではない。むしろ、「提案」や「助言」という柔らかなかたちで起きる。患者がその提案に乗れなかったとき、治療関係のなかに、説明されない不均衡が生じる。進めないのはなぜか、拒む理由は何か――問いはいつのまにか、患者側の問題として回収されていく。
ここで重要なのは、臨床家自身もまた、この制度的時間軸に縛られているという事実である。診療報酬、支援計画、アウトカム評価、地域連携――臨床家は、成果を示すことを日常的に求められている。改善が見えないこと、慢性化が続くことは、しばしば「説明責任」の対象になる。その圧力のなかで、臨床家が患者に「前進」を促したくなるのは、ある意味で自然なことでもある。
しかし、そのとき臨床は、患者の側に立っているようで、実は制度の論理を代弁してしまう。回復できないこと、進めないこと、社会的役割を引き受けられないことが、治療上の「課題」として再定義される。そして患者は、自分の苦しみそのものではなく、「うまく回復できていない自分」を説明し続ける立場に置かれる。
この構造は、自己責任論と深く響き合っている。社会が「自立」を求め、制度が「回復」を要請し、臨床がそれを翻訳する。すると、患者が感じている生きづらさや不安は、いつのまにか「回復への抵抗」や「動機づけの問題」として理解されてしまう。ここには、悪意はない。ただ、問いの向きがずれているだけだ。
臨床が本来扱ってきたのは、「なぜ進めないのか」ではなく、「進めないまま生きていることが、どのような経験なのか」という問いだったはずである。回復を目指す前に、その人が立ち止まっている場所を、その速度で理解しようとする態度。それは、制度の要請とはしばしば緊張関係に立つ。
だからこそ、臨床家が問うべきなのは、「患者は回復を拒んでいるのか」ではなく、「いま自分は、誰の時間軸を代弁しているのか」という問いである。その問いが失われたとき、臨床は知らぬ間に、制度の声を患者に届ける中継点になってしまう。
制度の内側にいる以上、臨床家が制度から完全に自由になることはできない。しかし、制度の論理をそのまま患者に渡すのか、それとも一度引き受け、変形し、緩めてから差し出すのか。その違いは決定的である。臨床倫理とは、制度を否定することではなく、制度が個人を押し潰さないよう、間に立ち続ける技術のことなのだと思う。
第7章で見てきたのは、臨床のなかに潜む「代理」の問題である。次章では、ではその代理性から、臨床家はいかに距離を取りうるのか――臨床家自身が自己責任論から自由になるための具体的な姿勢について、さらに踏み込んで考えていきたい。
第8章 一人の患者の時間――回復しないという生き方
彼は、四十代の男性で、十年以上この外来に通っている。統合失調症という診断名はついているが、ここ数年、目立った陽性症状はない。入退院を繰り返すような時期は過ぎ、薬も安定している。生活は単身、実家からの経済的支援が少しある。日中はほとんど家にいて、散歩と買い物以外に予定はない。
就労支援の制度から見れば、彼は「次を検討すべき人」に分類される。症状は落ち着いている。生活も大きくは崩れていない。年齢的にも、就労移行支援や就労継続支援を使えなくはない。支援計画を書こうと思えば、いくらでも書ける状態だ。
しかし彼は、働く話になると、ほとんど言葉を失う。「考えたことはある」とは言う。「やったほうがいいのかもしれない」とも言う。だが、それ以上先に進まない。拒否しているわけでもない。強く否定するわけでもない。ただ、話が止まる。
この「止まり方」が、臨床ではいちばん扱いにくい。
もし強く拒否してくれれば、そこには理由を聞く余地がある。もし強く希望していれば、支援を組み立てればよい。しかし彼の場合、止まっているのは意志というより、時間そのもののように見える。過去の失敗、疲弊、恐怖、それらが言語化されないまま、現在の生活に沈殿している。
回復モデルの言葉で言えば、彼は「回復が頭打ちになっている」状態かもしれない。しかし診察室で彼と向き合っていると、「回復しない」というより、「これ以上進まない生き方を、何とか保っている」と言ったほうが近いように感じられる。
彼は、特別に幸福そうではないが、破綻してもいない。希死念慮を訴えることもなく、被害的でもない。ただ、日々を慎重にやり過ごしている。その慎重さは、怠惰ではなく、過去に壊れた経験から身についた、生存の技術のようにも見える。
ここで臨床家は、常に迷う。
この時間を「尊重」してよいのか。
それとも「停滞」と見なすべきなのか。
就労支援の倫理から見れば、何かを提案し続けることが善である。しかし、その提案が彼にとって、希望ではなく負荷として作用している可能性もある。彼が恐れているのは、失敗そのものよりも、「また戻れなくなること」なのかもしれない。一度壊れた生活を、もう一度壊すことへの恐怖。
支持的精神療法や森田療法が示してきたのは、こうした時間に対する別の態度である。変えようとしすぎず、評価せず、今ある生活を「ひとまずのもの」として支える。その態度は、外から見れば何もしていないように映る。しかし実際には、「壊さないための関わり」という、かなり繊細な作業を含んでいる。
彼の時間は、社会の時間と噛み合っていない。効率もなく、成長もなく、成果もない。しかし、そのズレこそが、彼を生かしている条件でもある。もし社会の時間に無理に同期させれば、再び破綻する可能性は高い。
回復しないという生き方は、決して理想ではない。本人も、そう思っているだろう。それでも、「回復しないまま生き続ける」という選択肢が、現実には存在している。そして精神医療は、長いあいだ、その選択肢を黙って引き受けてきた。
この患者が、いつか働くようになる可能性を、誰も否定できない。だが同時に、ならない可能性も否定できない。その両方を宙吊りにしたまま、今日も同じ時間に診察室で顔を合わせる。その反復のなかで、臨床はかろうじて成立している。
回復モデルが示す未来は、わかりやすい。しかし、彼の生き方は、わかりにくい。そのわかりにくさを、急いで整理しないこと。それが、この一人の患者に対して、臨床が取りうる、もっとも誠実な態度なのかもしれない。
第9章 臨床家が自己責任論から自由になるために
自己責任論は、患者を追い詰めるだけでなく、臨床家自身の思考にも深く入り込んでいる。それは誰かが明示的に教えたわけではないが、制度、評価、専門職倫理のなかで、自然に身につけてしまう考え方である。
「良くならないのは、どこかに原因があるはずだ」
「適切な介入をすれば、もう少し前に進めたのではないか」
「この状態を続けているのは、治療として正しいのだろうか」
こうした問いは、誠実さの表れでもある。しかし同時に、回復しない現実を「誰かの責任」に回収しようとする力を帯びている。その矛先は、患者に向かうこともあれば、臨床家自身に向かうこともある。
新自由主義的な社会では、専門職である臨床家もまた、成果を出す主体であることを求められる。治療効果、社会復帰率、就労への移行――それらが可視化されるにつれて、臨床の価値は「どれだけ前に進ませたか」で測られやすくなる。そのとき、進めない患者は、臨床家にとっても「説明を要する存在」になる。
自己責任論が内面化されると、臨床家は、回復しない時間を耐えることが難しくなる。何かをしなければならない、介入を追加しなければならない、目標を再設定しなければならない――そうして関わりは増えていくが、その増加が必ずしも患者のためになるとは限らない。
ここで支持的精神療法や森田療法が示すのは、別の責任の取り方である。治すことを引き受けすぎないこと。変化を作り出すことを自分の義務にしないこと。その代わりに、生活が崩れないように支え、破綻を防ぐことに責任を限定する。
この限定は、怠慢ではない。むしろ、社会や制度が本来引き受けるべき課題を、臨床が一手に背負わないための、防御でもある。回復しないこと、働けないこと、社会的役割を担えないこと――それらを、臨床の失敗として回収しない。その判断は、臨床家が自己責任論から距離を取るための、実践的な技術である。
また、自己責任論から自由になるためには、「説明しすぎない勇気」も必要になる。なぜこの患者は進めないのか、なぜ就労に向かわないのか――そうした問いに、常に明確な答えを用意しなくてもよい。説明不能なまま残る部分を、そのままにしておくこと。それは非科学的なのではなく、人間の複雑さに対する誠実さである。
臨床家が引き受けるべき責任は、「回復を保証すること」ではない。むしろ、「回復しない現実を、急いで誰かの責任にしないこと」にある。患者の生き方を裁かず、同時に自分自身をも裁きすぎない。その態度があってはじめて、臨床は制度の代理人になることを免れる。
自己責任論から自由になるとは、何もしないことではない。それは、社会の要求と患者の現実のあいだに立ち、どちらにも全面的に同化しない姿勢を保つことである。成果が見えにくく、評価されにくい場所に踏みとどまること。その選択は、ときに孤独で、不安も伴う。
しかし、その孤独こそが、臨床が臨床であり続けるための条件なのだと思う。回復モデルが強くなり、就労倫理が正義のように語られる時代だからこそ、臨床家が自らの内部に入り込んだ自己責任論に気づき、そこから一歩距離を取る必要がある。
その距離の取り方に、マニュアルはない。ただ、回復しない人の前に座り続けること、説明しきれない時間を引き受け続けること、その反復のなかでしか獲得できない自由がある。その自由こそが、臨床家に残された、もっとも静かな倫理なのだと思う。
最終章 回復モデルの時代に、臨床は何を引き受けるのか
本稿では、回復モデル、とりわけ就労を軸とした回復観が、臨床の現場にどのような影響を与えているのかを考えてきた。症状からの回復、個人的リカバリー、社会的リカバリー――それぞれは理念として正しい。しかし、それらが整然と並べられ、段階化され、評価の軸として用いられたとき、回復は支援ではなく規範に変わる。
回復できる人にとって、回復モデルは力になる。だが、回復できない人、回復しない時間を生きている人にとって、それは静かな圧力として作用する。臨床の場で起きている違和感の多くは、この非対称性から生じている。
日本の就労支援制度は、善意と合理性の産物である。しかしその設計は、「回復すること」「働くこと」を前提にしている。そこから外れる人は、制度的に説明しにくい存在になる。そして精神医療は、その説明困難さを引き受ける場所として、再び前線に立たされる。
その過程で、臨床家は知らぬ間に制度の代理人になる。「次の段階」「目標設定」「社会参加」――それらの言葉は、善意の衣をまといながら、患者の時間を社会の時間に同期させようとする。患者が立ち止まるとき、その理由は個人の問題として問われやすい。
自己責任論は、こうして患者だけでなく、臨床家自身にも浸透する。回復しない現実を、誰かの努力不足として整理したくなる誘惑。その誘惑に抗うことは、容易ではない。しかし支持的精神療法や森田療法が示してきたのは、別の臨床倫理である。治そうと急がず、評価せず、生活の連続性そのものを支えるという態度だ。
臨床が引き受けるべきなのは、「回復させる責任」ではない。むしろ、「回復しない時間を、失敗として処理しない責任」である。働けないこと、進めないこと、止まっていること――それらを、ただちに是正すべき異常と見なさず、ひとまず置いておく。そのための場所として、精神医療は存在してきた。
制度は必要である。福祉も就労支援も、なければ多くの人が生きていけない。しかし制度には必ず想定外が生じる。その余白を、再び制度に回収しようとするのか、それとも余白として保つのか。その選択が、臨床の性格を決定づける。
本稿は、回復モデルを否定するものではない。ただ、それが唯一の正解になったときに生じる暴力性を、臨床の言葉で記述しようとした試みである。整理は難しい。いろいろと難しい。それでも、その難しさを消去せず、引き受け続けることが、臨床の仕事なのだと思う。
回復モデルの時代にあって、臨床は効率のよい解決装置ではありえない。むしろ、社会の速度からこぼれ落ちた人の時間を、急がずに置いておくための、少し不器用な場所であり続ける。その不器用さを守ることが、これからの精神医療にとって、ひとつの倫理になるのではないだろうか。
答えは出ないままでよい。回復できない人の前に座り続け、回復しない時間に耐え続ける。その反復のなかでしか、臨床が担うべき役割は見えてこない。少なくとも、臨床はまだ、その場所を手放してはいない。
