目次案
――回復・就労・支援をめぐる臨床と思考の整理
序章
「回復しなければならない」という息苦しさについて
- 回復モデルが善意として語られる時代背景
- 臨床現場で感じる、説明しきれない違和感
- 本稿の立場:「否定もしないが、無条件にも肯定しない」
第1章
勤勉就労倫理はどこから来たのか――ウェーバーと日本
- ウェーバーのプロテスタンティズム倫理の要点
- 「働くこと」が徳になった歴史的条件
- 日本における勤勉倫理
- 家・村・会社
- 道徳と生活保障が未分化だった社会
- 勤勉就労倫理が持っていた「温度」と「共同性」
第2章
ウェーバー以後――福祉国家と新自由主義のねじれ
- 福祉国家が勤勉倫理をどう変えたか
- 「働けない人を支える」という近代の決断
- 新自由主義の登場
- 自立の称揚
- 失敗の個人化
- 倫理が
- 共同体的徳目
から - 個人責任の規範
へと変質した過程
- 共同体的徳目
第3章
日本型新自由主義と精神医療――自己責任論の浸透
- 日本における「自己責任」の特殊性
- 精神疾患が自己責任論と親和的になってしまう理由
- 「努力すれば回復できる」という言説の危うさ
- 精神医療が
- 治療
- 選別
- 社会復帰装置
を同時に引き受けてしまう構造
第4章
回復モデルが持つ暴力性
- 本来の回復モデルの理念
- 制度化された回復モデル
- 回復が「希望」から「義務」になる瞬間
- 回復できない人が置かれる位置
- 回復を語れなくなる患者たち
第5章
就労リカバリーという目標の危うさ
- 就労=回復、という短絡
- 日本の就労移行・就労継続支援とのズレ
- 「治療目標」と「生活目標」の混線
- 就労支援が症状を悪化させる逆説
- 働くことが回復を壊すとき
第6章
社会が支援するということの難しさ
- 個人による援助と、社会による援助の違い
- 抽象的な「社会」による救済が生む問題
- 財源・分配・制度運用の必然的歪み
- モラルハザードと「制度に寄生する人間」という問題
- それでも社会福祉を放棄できない理由
第7章
臨床家が制度の代理人になる瞬間
- 診察室に入り込む制度の言語
- 「善意としての促し」が持つ圧力
- 臨床家自身の自己正当化
- 診察室が「関門」になるとき
- 信頼が静かに壊れていく過程
第8章
一人の患者の時間――回復しないという生き方
- 働いていない患者の具体像
- 安定しているが前進していない生活
- 支持的精神療法から見た意味
- 森田療法的視点
- 「壊れないこと」を回復と呼べるか
第9章
臨床家が自己責任論から自由になるために
- 臨床家自身もまた勤勉倫理に縛られている
- 「促さない勇気」「待つ責任」
- 制度と距離を取るという専門性
- 回復を急がせない臨床の倫理
終章
回復とは何を引き受けることなのか
- 回復を一つの形にしないという選択
- 働けない時間も人生であるという確認
- 制度と臨床の間で、それでも人に向き合うということ
- 「それはそうだ、しかしそれだけではない」という態度の意味
