社会保障制度が抱える構造的ジレンマ
個人間の援助と制度化された社会保障では、関係性の性質が根本的に異なり、それぞれ固有の問題を生むという点を、いくつかの角度から考察してみます。
関係性の変質:「顔の見える援助」から「匿名の権利」へ
個人が困窮者を援助する場合、そこには直接的な人間関係があります。援助者は自分の意志で援助の範囲を決め、受給者の態度や努力を目の当たりにします。受給者もまた、具体的な誰かから恩恵を受けていることを実感します。この関係には、感謝や申し訳なさ、あるいは時には屈辱といった生々しい感情が伴いますが、同時に「これ以上は頼めない」という自制や、「何とか自立しよう」という動機も生まれやすい環境があります。
しかし社会保障制度では、納税者と受給者の間に無数の中間機構が介在します。納税者は「誰を」助けているのか分からず、受給者は「誰に」助けられているのか分かりません。この匿名性は、一方では差別や恣意性を排除するという利点がありますが、他方で道徳的緊張を希薄化させます。受給者にとって給付は「国家という抽象的存在からの権利」となり、納税者にとって税金は「取られるもの」という感覚になりがちです。
具体例:生活保護制度におけるモラルハザード
日本の生活保護制度を例に取ると、この問題が可視化されます。制度設計上、受給者が就労すると給付が減額されるため、「働かない方が得」という状況が生まれることがあります。月10万円の給付を受けている人が、パートで月8万円稼いでも給付が減額されれば、実質的な収入増はわずかです。経済合理性だけで考えれば、就労インセンティブは極めて低い。
さらに、一度受給を始めると、生活水準を下げることへの心理的抵抗が生まれます。「権利」として認識されているため、就労による自立は「権利の放棄」のように感じられることさえあります。ケースワーカーは限られた人員で多数の受給者を担当せざるを得ず、個々の状況を丁寧に把握することは困難です。
中間コストの問題:官僚機構の肥大化
社会保障には必然的に巨大な官僚機構が必要になります。申請の審査、給付の管理、不正受給の監視、各種相談業務など、これらすべてに人員と予算が必要です。例えば、100億円の福祉予算があったとして、実際に困窮者に届くのが70億円で、残り30億円が人件費や事務経費に消えるという事態は珍しくありません。
民間の慈善活動であれば、寄付者は「管理費が高すぎる」団体への寄付を止めることができます。しかし税による社会保障では、納税者にそうした選択肢はありません。官僚機構は自己増殖する傾向があり、「より手厚い支援のためにより多くの職員が必要」という論理で拡大していきます。
不正と監視のジレンマ
制度には必ず不正受給の問題が生じます。実際には働けるのに働かない、収入を隠す、偽装離婚で受給資格を得るなどの事例は後を絶ちません。これに対処するには厳格な審査と監視が必要ですが、そうすると今度は別の問題が生まれます。
厳しく審査すれば、本当に困っている人が排除されるリスクが高まります。また、過度な監視は受給者の尊厳を傷つけ、「監視社会」への道を開きます。しかし審査を緩くすれば不正が増え、制度への信頼が損なわれ、納税者の不満が高まります。このジレンマには明快な解決策がありません。
世代間・地域間の不公平
社会保障制度は時間軸でも空間軸でも不公平を生み出します。高齢化が進む日本では、現役世代が負担し高齢世代が受給するという構造が顕著です。若者は「自分たちが高齢になる頃には制度が破綻している」と感じながら、高額な社会保険料を払わされます。
地域による格差も深刻です。都市部では匿名性が高く不正受給が発見されにくい一方、地方では「あの人は生活保護を受けている」という情報が広まりやすく、スティグマ(社会的烙印)が強く働きます。同じ制度なのに、住む場所によって心理的負担が大きく異なるのです。
「依存の文化」の形成
より根本的な問題は、社会保障が「依存の文化」を生み出しうることです。世代を超えて生活保護を受給する家族が存在し、「働かなくても生活できる」ことが当然視される環境が形成されることがあります。子どもは親の姿を見て育ち、就労意欲や自立心を育む機会を失います。
これは個人の道徳的欠陥というより、制度が生み出す合理的な適応とも言えます。リスクを取って就労するより、安定した給付を受け続ける方が「賢い選択」になってしまう制度設計の問題です。
政治的利用のリスク
社会保障は常に政治的争点になります。政治家は票を得るために給付の拡大を約束し、負担増には触れたがりません。「困っている人を助けるべきだ」という道徳的主張は強力で、反対すれば「弱者切り捨て」と批判されます。こうして制度は拡大の一途をたどり、持続可能性は二の次にされがちです。
また、受給者団体が政治的圧力団体として組織化されることもあります。彼らは自分たちの利益を守るために活動しますが、それが必ずしも社会全体の利益と一致するわけではありません。
では、どうすべきか?
この問題に完璧な解決策はありませんが、いくつかの方向性は考えられます。
一つは、給付と就労のインセンティブ設計を見直すことです。例えば、就労しても一定期間は給付を併給する、就労収入の一部のみを給付減額に反映させるなど、「働いた方が得」になる仕組みです。
二つ目は、中間コストの削減です。デジタル化による事務の効率化、ベーシックインカムのような審査不要の一律給付など、官僚機構を縮小する方法が模索されています。
三つ目は、コミュニティの再構築です。完全に匿名化された制度ではなく、ある程度「顔の見える」地域での支え合いと、国家による最低限の保障を組み合わせることで、道徳的緊張を保ちつつセーフティネットも確保する、というアプローチです。
ただし、いずれも一長一短があり、万能薬ではありません。結局のところ、「働けない人をどう支えるか」という問題は、効率性、公平性、尊厳、持続可能性といった複数の価値をどうバランスさせるかという、容易には答えの出ない問いなのだと思います。
制度化された社会保障には構造的な問題が内在していて、それを完全に解消することは極めて困難です。この認識を持ちながら、より良い制度設計を模索し続けるしかないのかもしれません。
