なぜ賢い人が「群衆」になると愚かになるのか?——集団的熱狂における判断レベル低下の正体
渋谷のスクランブル交差点での狂騒、SNSでの激しい誹謗中傷、あるいは歴史上の悲劇的な暴動。普段は冷静で良識のある個人が、ひとたび「集団」の一部になると、驚くほど短絡的で攻撃的な行動に走ってしまうことがあります。
フランスの心理学者ギュスターヴ・ル・ボンは、その著書『群衆心理』の中で、「集団の中にいる個人は、単なる個人の足し算ではなく、まったく別の性質を持つ存在に変貌する」と指摘しました。
なぜ、私たちは集団の中で判断力を失ってしまうのでしょうか。その心理学的・社会学的な理由を解き明かしていきます。
1. 「没個性化」による自制心の喪失
集団的熱狂の中で起こる最大の変化は、「没個性化(Deindividuation)」と呼ばれる現象です。
大きな集団の中に紛れ込むと、個人の名前や顔は隠され、匿名性が高まります。すると、「自分は誰からも特定されない」という感覚が生じ、普段自分を律している道徳観や社会的規範、つまり「内なるブレーキ」が外れてしまいます。
心理学者ジンバルドーの実験によれば、匿名性が保証された状況下では、人は通常よりも残酷な行動を選択しやすくなることが示されています。集団の規模が大きければ大きいほど、この「匿名性の魔法」は強く働き、責任感が希薄化していきます。「みんながやっているから」という感覚は、個人の判断力を麻痺させる強力な麻薬となるのです。
2. 感情の伝染と理性のマヒ
集団の中では、感情はウイルスのように凄まじいスピードで伝播します。これを「感情の伝染」と呼びます。
人間には他者の感情に同調する本能がありますが、熱狂的な集団の中では、興奮や怒りといった強い感情が相互に増幅され、フィードバック・ループを形成します。この状態になると、脳の進化的に新しい部分である「前頭前野(論理的思考を司る部位)」の働きが抑制され、より原始的な「扁桃体(感情を司る部位)」が優位になります。
ル・ボンは、群衆は「論理的な説明」を理解せず、「イメージ」や「感情的な断言」にのみ動かされると説きました。複雑な因果関係を考える力は失われ、白か黒か、敵か味方かという極端に単純化された思考に支配されてしまうのです。
3. 「責任の分散」と罪悪感の欠如
個人で行動しているとき、その結果に対する責任はすべて自分にあります。しかし、集団においては責任が構成員全員に薄く引き延ばされます。これが「責任の分散」です。
「自分がやった」のではなく「私たちがやった」という感覚にすり替わることで、良心の呵責や罪悪感が劇的に軽減されます。また、集団の目的が「正義」や「大義」と結びつけられた場合、判断力の低下はさらに加速します。「自分たちは正しいことをしている」という集団的自己暗示は、いかなる過激な行動も正当化する免罪符となってしまうのです。
4. 集団思考(グループシンク)の罠
集団が特定の方向に傾き始めると、異論を唱えることが極めて困難になります。これは社会心理学者アーヴィング・ジャニスが提唱した「集団思考(グループシンク)」という現象です。
集団の和を乱すことへの恐怖や、リーダーへの盲従、自分たちの集団は不敗であるという過信などが重なると、批判的な検証が行われなくなります。その結果、客観的な情報が無視され、極めてリスクの高い、あるいは倫理的に問題のある意思決定が「全会一致」でなされてしまうのです。
5. 現代社会における「ネット群衆」の危うさ
この集団的熱狂のメカニズムは、現代のインターネット社会においてより顕著に、かつ加速された形で現れています。
SNS上では物理的な距離を超えて、瞬時に数万、数十万人の「デジタル群衆」が形成されます。物理的な接触がない分、相手を人間として認識しづらく、没個性化と匿名性がさらに加速します。また、アルゴリズムによる「エコーチェンバー(共鳴室)現象」により、似た意見ばかりが増幅され、判断力の低下(極端化)が日常的に引き起こされています。
ネット炎上やフェイクニュースの拡散は、まさに現代版の「集団的熱狂」といえるでしょう。
私たちが「個」を取り戻すために
集団の熱狂から逃れることは容易ではありません。私たちは本能的に、周囲と調和し、集団の一部でありたいと願う生き物だからです。しかし、判断レベルの低下を防ぐためには、以下の3点を意識することが重要です。
- 物理的・心理的距離を置く: 興奮の渦中にいると感じたら、一度その場(あるいはタイムライン)を離れ、深呼吸をする時間を設ける。
- 「主語」を確認する: 思考の主語が「私たち」になっていないか。「私はどう思うか」という一人称の視点を意識的に保持する。
- 異論に耳を傾ける: 自分の属する集団とは異なる意見を、あえて積極的に参照する。
集団は、時に素晴らしい力を発揮することもあります。しかし、その中にある「個」が思考を停止させたとき、集団は制御不能な怪物へと変貌します。熱狂の渦の中でも、冷徹な観察者としての自分をどこかに残しておくこと。それが、私たちが知的な存在であり続けるための唯一の道かもしれません。
参考文献
- ギュスターヴ・ル・ボン著、桜井成夫訳『群衆心理』(講談社学術文庫、1993年)
- ジークムント・フロイト著、渡辺哲夫訳『集団心理学と自我の分析』(ちくま学芸文庫、2006年)
- アーヴィング・ジャニス著、細江達郎訳『集団思考――孤立化する意思決定の心理学』(現代社会心理学選書、1989年)
- フィリップ・ジンバルドー著、鬼澤忍訳『ルシファー・エフェクト――ふつうの人が悪魔に変わるとき』(海竜社、2015年)
- キャス・サンスティーン著、住憲治・我妻俊平訳『♯リパブリック――インターネットは民主主義を滅ぼすのか』(勁草書房、2018年)
