それでも支持的であること


それでも支持的であることの意味

――分断の時代に、精神医療が引き受けているもの

診察室で繰り返し出会うある種の停滞は、個々の症例だけでは説明しきれない。診断も背景も異なるのに、似た場所で立ち止まっている人がいる。努力すれば回復する、環境を整えれば前に進める、という語りが、ここではうまく機能しない。臨床家は、その違和感を日常的に抱えながら仕事をしている。

この感触は、日本社会の中ではあまりにも当たり前で、問題として言語化されにくい。しかし、他国の臨床や制度に触れたとき、初めて輪郭を帯びてくる。アメリカでは回復は明確な目標として設定され、症状の改善や社会復帰は測定され、達成が求められる。うまくいかない場合、その理由は個人の動機づけや選択に帰されやすい。韓国では、家族責任と競争社会の圧力が強く、失敗は急激な破綻や強い恥の感覚と結びつきやすい。

それに比べると、日本の精神医療が引き受けているものは異質である。回復を急がせない代わりに、回復しきれなかった人生を長い時間預かる。症状が残っても、社会的成功に戻れなくても、関係が切れないこと自体が支援として成立している。この役割は、意図的に設計されたというより、他の制度が引き受けなくなった結果、残り続けた場所として形成された。

かつて日本社会には、失敗を吸収する回路が複数あった。雇用は人を即座に排除せず、家族や地域は曖昧なまま人を抱え込んでいた。それらが90年代以降、急速に弱体化し、代替制度が十分に整えられないまま消えていった。宙に浮いたもの――能力の不全、役割の喪失、説明されない敗北感――は、最終的に最も人を手放さない装置である精神医療に流れ込んできた。

その結果、診察室には「何がつらいのか分からない」「どうしたいのか言えない」人が集まる。治療計画を立てる材料は少ないが、関係を切る理由も見当たらない。ここで支持的精神療法は、技法というより態度として定着した。変えないこと、急がせないこと、結論を出さないことが、結果的に最も暴力の少ない選択になったからである。

日本の分断は、政治的対立としては表面化してこなかった。その代わり、沈黙の形で持続してきた。沈黙が続くとき、緊張は別の回路に蓄積される。個人化された破綻、匿名空間での言語の氾濫、そして制度そのものの疲弊。沈黙が破られるとしたら、それは主張としてではなく、症状や行動として現れる可能性が高い。その最初の兆候に立ち会うのが、精神医療である。

この状況で、支持的であることはしばしば批判される。慢性化を許すことは怠慢ではないか、回復を目指さないことは可能性を奪っていないか。これらの問いは正当であり、無視できない。しかし臨床家は同時に知っている。変化を急がせる言葉が、どれほど簡単に暴力になるかを。支持的であることは、何もしないことではない。それは、変えられないものを変えようとしないという意図的な選択である。

支持的であるという態度は、患者の側に立つというより、時間の側に立つ態度に近い。今日結論を出さず、明日も関係を切らない。症状が消えなくても、物語が完成しなくても、その人が居続けることを否定しない。この余白は、成果と速度を重視する社会では、ほとんど残されていない。

精神医療が引き受けてきたものの中には、本来政治や制度が扱うべき問題も含まれている。しかしそれをそのまま政治に返せばよいわけではない。政治の言語は、苦しみを主張に変換し、対立の中で消費する。精神医療が守ってきたのは、語らなくても居られる権利、時間の非効率性、意味づけられない敗北をそのままにしておく自由である。

この構造は理想的ではない。それでも、現時点で他に引き受け手がない以上、臨床はこの役割を放棄できない。支持的であることは、現状追認ではない。壊さないことを選び続けるという、能動的な責任である。治らないことを許し、語れない時間を預かり、結論を先送りにする。その地味な仕事の中に、この社会がまだ持ちこたえている理由の一部がある。


タイトルとURLをコピーしました