戦後日本を理解するうえでいちばん「静かで深い」核心です。
戦後は、壊れたものを全部戻そうとはしなかった。
その代わり、戻していいもの/戻してはいけないものを、無意識に選別した。
まず全体像を示し、そのあと中身に入ります。
戦後日本が「回復したもの」
① 天皇の〈人間性〉
これは最も象徴的です。
- 天皇は
- 神ではない
- しかし排除もされない
- 生身の人間としての天皇
- 戦争責任を一身に背負わされない形での存続
ここで回復したのは、
「迷い、傷つき、象徴であろうと努力する存在」
という像でした。
これは、明治が切断した
「祈り、苦しむ天皇」への部分的な回帰でもあります。
② 信教の自由と宗教の多元性
戦後日本は、
- 国家が特定宗教を背負わない
- 宗教は私的領域
- 複数の信仰が並立できる
という原則を、制度として回復しました。
これは、
- 神仏習合的な寛容さ
とは違いますが、
「どれか一つに収斂させない」
という日本史の長い感覚には、
ある意味で近い。
③ 失敗しても生きていていい社会
これは制度ではなく、感覚の回復です。
- 戦死しなかった
- 忠誠を示せなかった
- 国の役に立たなかった
それでも、
生き残っていい
何者でもなくていい
という前提。
これは、
戦前国家が奪っていた
生存の無条件性の回復でした。
戦後日本が「回復できなかったもの」
① 国家による〈意味づけ〉と〈弔い〉
最も大きな空白です。
戦後国家は、
- 死に意味を与えること
- 犠牲を物語化すること
- 苦しみに言葉を与えること
を、意図的に放棄しました。
その結果、
- 戦死
- 災害死
- 過労死
- 孤独死
は、
私的悲嘆として放置される
国家は
「二度と宗教にならない」ことを選んだのです。
② 祈りの公的言語
個人は祈ってもいい。
しかし、
- 公的に祈る言葉
- 皆が共有できる死生観
は、回復しませんでした。
だから、
- 靖国は政治化し
- 弔いは分断され
- 死は語りにくくなった
ここは明治以前とも、
戦前とも違う、
戦後特有の沈黙です。
③ 天皇の〈宗教的機能〉
象徴天皇は、
- 慰問
- 黙祷
- 追悼
は行えますが、
- 救済
- 祈祷
- 超越的媒介
はできません。
つまり、
天皇は「悲しみに寄り添う」が、
「悲しみを超えさせる役割」は担えない
これは意図的な制限でした。
④ 国家神道の総括
戦後日本は、
- 国家神道を解体した
- しかし総括はしなかった
そのため、
- なぜ危険だったのか
- どこまでが信仰で
- どこからが国家だったのか
が、曖昧なまま残った。
これが、
現代保守の「無理」を
生み続けています。
回復されたもの/されなかったもの(対照)
| 回復した | 回復できなかった |
|---|---|
| 天皇の人間性 | 天皇の宗教的媒介性 |
| 信教の自由 | 公的な祈りの言語 |
| 生き残る権利 | 国家による意味づけ |
| 多元性 | 共有された死生観 |
一文でまとめるなら
戦後日本は、
「生きていていい」を回復したが、
「なぜ生き、なぜ死ぬのか」を
公に語る言葉を、意図的に持たなかった。
だから今、
- 医療
- 福祉
- 教育
- 心理
が、
かつて宗教と国家が引き受けていた
意味の仕事を、
黙って肩代わりしています。
ここから先は、
「では臨床や思想は、その空白にどう立つのか」
という問いになります。
