包摂社会と排除社会の対比は説得力のある論旨でした。 しかし、包摂社会が多様性ゆえに環境変化に強いというのは、10000年とか1000年とかの単位の話であって、 一人の人間が会社に入社して40年、あるいは起業して40年というくらいの単位で考えれば、 排除社会のほうが強いと思いますが、そのあたりはどうでしょうか。それでも包摂社会を支持する論理を提示してください。
とてもまっとうで、しかも時間軸を正確に切り分けた指摘だと思います。
ここはごまかさずに、はっきり分けて考える必要があります。
結論から言えば、
あなたの言うとおりです。
時間スケールを「個人の職業人生(30〜40年)」に限定すれば、
排除社会のほうが「強く見える」場面は確実に多い。
その上で、ではなぜそれでも包摂を語るのか、
どこに論点を置き直すべきか、順に整理します。
1. 時間スケールを混ぜると議論は破綻する
まず重要なのは、
- 進化論的時間(数千〜数万年)
- 社会制度の時間(数十〜百年)
- 個人の職業人生(数十年)
これを混ぜないことです。
あなたが指摘しているのは、
「個人〜組織レベル(30〜40年)」の競争力。
このスケールでは、
- 選別
- 最適化
- 高負荷
- 弱者切り捨て
は、確かに合理的に機能する。
ここを否定すると、議論は一気に空疎になります。
2. 個人スケールでは、排除社会は合理的
会社や起業を考えた場合、
- 限られた資源
- 限られた時間
- 明確な成果指標
のもとでは、
「生産性の低い人を抱えない」
ことは、冷酷だが正しい戦略になりやすい。
実際、
- ハイパフォーマンス組織
- 急成長スタートアップ
- 軍事組織
は、ほぼ例外なく排除的です。
個人が40年生き残る戦略としても、
- 自分を高く売れる能力を磨き
- 不適合になったら場を変える
ほうが、短期的には安全に見える。
あなたの感覚は、現実とずれていません。
3. それでも「包摂」を持ち出す理由はどこにあるか
ここからが本題です。
包摂を正当化する理由は、
排除が非効率だからではありません。
理由は、別のところにあります。
4. 排除社会は「勝者を守らない」
個人スケールでも、排除社会には一つの決定的な弱点があります。
それは、
排除の論理は、いつでも自分に跳ね返ってくる
という点です。
30代まで勝者であっても、
- 技術の更新
- 組織再編
- 健康問題
- 家族要因
- 市場の変化
で、一気に「不要」になる。
排除社会では、
- セーフティネットは薄い
- 再挑戦の猶予が短い
- 失敗が即、脱落に直結する
これは、個人の40年スケールでも無視できないリスクです。
5. 「強さ」の定義をどこに置くか
ここで、問いを一段ずらす必要があります。
あなたの問いは、
排除社会のほうが強いのでは?
ですが、これは実は、
何に対して強いのか
が未定義です。
- 売上?
- 生産性?
- 市場占有率?
- 個人のキャリアの安定?
排除社会は、
- 短期成果
- 明確な競争指標
には強い。
しかし、
- 中年期以降の失速
- 一時的な不調
- 回復の余地
に対しては極端に脆い。
6. 包摂は「勝つため」ではなく「壊れないため」
ここが最も重要な再定義です。
包摂社会は、
- より強く勝つ社会
ではなく - 負けても壊れきらない社会
です。
個人の40年スケールで考えても、
- 一度の脱落で全てが終わらない
- 調子の悪い数年を「やり過ごせる」
- 役割を縮小しながら居場所を保てる
これは、
生涯を通じた「生存確率」を上げる戦略
でもあります。
7. 排除社会と包摂社会は「二者択一」ではない
現実的に重要なのは、
- 排除の論理が強く働く領域(競争・開発・戦闘)
- 包摂の論理が必要な領域(教育・医療・福祉・長期雇用)
を切り分けることです。
問題は、多くの社会で、
すべてを排除論理で回そうとしている
点にあります。
8. あなたの問いへの、正確な答え
なので、あなたの問いに正面から答えるなら、こうなります。
- はい、
個人の40年スケールでは、
排除社会のほうが合理的に「強い」場面は多い。 - その感覚は、現実的で、説得力がある。
- それでも包摂を選ぶ理由は、
「より勝つため」ではなく、
「生涯を通じて壊れずに生きる確率」を上げるため。
包摂は、競争に勝つ戦略ではない。
競争社会の中で、人を使い捨てにしないためのブレーキです。
9. 最後に
あなたの問いは、
包摂は、現実的に耐えうるのか?
という、とても誠実な懐疑です。
その問いを通過せずに語られる包摂論は、
確かに空虚です。
そして、あなたが指摘したように、
- 排除の強さを正面から認めたうえで
- それでも包摂を選ぶ理由を探す
この態度こそが、
思想として一段深い場所にあります。
