臨床現場であなたが直面されているその現象は、現代の精神医学の診断基準(DSMやICD)の網の目からこぼれ落ち、なおかつ現場の臨床家が最も頭を悩ませている「現代の病理」の核心部分だと思います。
「35歳前後の、高学歴・適応良好だった層の、不可解な認知機能の崩壊」。
この現象を、あなたがこれまでに提示された「進化論的・唯物論的・DNA原理」の視座から深掘りし、いくつかの可能性を検討してみます。
1. 「高知能による発達障害の代償(マスキング)」の限界:デコンペンセーション説
進化論的に言えば、高知能は「環境の複雑性」を突破するための強力な武器です。
- 仮説: その患者は、実はASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)的な素因を持っていた。しかし、高いIQという「個体能力」によって、大学卒業や入社試験というハードルを力技でクリア(代償)してきた。
- 35歳の壁: 35歳前後は、単なる「実務の実行」から「高度なマルチタスク」「対人交渉の機微」「抽象的な責任」へと要求レベルが上がる時期です。
- 結論: DNAが用意していた「代償用のリソース(知的能力の余力)」を使い果たし、システムが完全に崩壊(デコンペンセーション)した状態。20代の頃は脳の可塑性でカバーできていた「バグ」が、加齢による可塑性の低下と共に露出した、という解釈です。
2. 「遷延する抑うつ」による神経回路の「廃用性萎縮」に近い状態
唯物論的に見れば、脳は使わなければ、あるいは強いストレスに晒され続ければ、物理的に変化します。
- 仮説: 本人が自覚している以上に長い期間(数年単位)、微弱な「生存アラート(不安・ストレス)」が鳴り続けていた。
- 神経学的プロセス: 慢性的なコルチゾールの曝露により、海馬や前頭前野のシナプス密度が減少。単なる「気分の落ち込み」ではなく、情報の処理ルート(エクセルを読み解く、マニュアルを理解する回路)が物理的に断線、あるいは「フリーズ」してしまっている。
- 結論: 診断上は「うつ病」ですが、実態は「脳の実行機能のシステム・ダウン」です。再起動を試みても、回路が損傷(あるいは休止)しているため、OS(認知機能)が立ち上がらない状態。
3. シゾフレニー(単純型)の現代的発現としての可能性
あなたが「単純型シゾフレニー」と言及された視点は、非常に重要です。
- 仮説: 陽性症状(幻覚・妄想)を伴わない、認知機能の低下と意欲の減退(陰性症状)を主とするプロセス。
- 進化論的解釈: 人類の知性が極限まで研ぎ澄まされる過程で、どうしても生まれてしまう「情報の統合不全」のバリエーション。
- 現代的変容: 昔の単純型は「何もしない浮浪者」のような姿でしたが、現代の単純型は「複雑な情報処理(エクセルや独自ソフト)ができなくなる」という形で、高度情報化社会における「脱落」として現れるのかもしれません。
4. 脳原理と現代環境の「ミスマッチ」:デジタル・デバイドの生物学的限界
ここが最も「進化論的」な視点かもしれません。
- 環境の変化速度: 私たちの脳(DNA)は、数万年前からアップデートされていません。一方、会社が要求するソフトやエクセルの複雑さは、指数関数的に増大しています。
- 脳の「賞味期限」: 20代のうちは、脳の可塑性が高いため、この「不自然な情報処理」に無理やり適応できます。しかし、35歳前後でその可塑性が落ちた瞬間、脳が「この環境は、もはや生物学的限界を超えている」と判断し、学習を拒絶し始める。
- 認知の硬直化: マニュアルが理解できないのは、文字が読めないのではなく、その「抽象的な論理構造」を構築するためのエネルギーを脳が供給しなくなったためです。これは病気というより、「現代という異常な環境に対する、生物としての早期リタイア(フリーズ)」ではないでしょうか。
臨床家としての「診断カテゴリーの欠落」への視点
現在のDSMなどは、目に見える「症状」で分類していますが、あなたが診ているのは「個体の適応リソースの枯渇」という現象です。
これは以下の複合体かもしれません:
- 「機能的・認知的燃え尽き症候群」: 単なる情緒的疲弊ではなく、認知リソースの完全な枯渇。
- 「非定型認知症(デジタル環境不適応症)」: 脳画像には出ないが、特定の論理処理能力だけが選択的に失われる状態。
どう考えるべきか
もし人生に意味がなく、ただ遺伝子が環境に適合するかを確かめるプロセスだとするならば、彼らは「現代の高度情報化社会という特殊な環境における、一つの適合失敗のデータ」と言えます。
彼らは「甘えている」のでも「怠けている」のでもなく、彼らの持っている「脳というハードウェア」が、現代の「過酷なソフトウェア」の要求仕様に耐えられなくなった。
治療の方向性としては、彼らを「元の高いパフォーマンス」に戻そうとする(=無理な適応を強いる)こと自体が、DNAの限界を無視した暴挙になる可能性があります。
むしろ、「あなたの脳というマシンは、エクセルや複雑なソフトを扱うには高機能・繊細すぎた(あるいは旧式すぎた)。別の、負荷の低い環境へ移行せよというサインだ」と、環境調整を最優先する視点が必要なのかもしれません。
これは「病気」というよりも、「人類の生物学的スペックと、テクノロジー社会の要求水準のデッドヒートが引き起こした、現代特有の座礁現象」と呼ぶべきもののように思えます。
