最優先で守りたいのが
数学の客観性でも
理論的一貫性でもなく、
実存的希望だとしたら、
議論の軸は根本的に変わります。
1 実存的希望はどこから来るのか
まず厳密に確認します。
「実存的希望」とは何でしょうか。
少なくとも次を含んでいるはずです:
- 世界は完全な無意味ではない
- 理解は無効ではない
- 回復は可能である
- 未来は閉じていない
これは単なる楽観ではありません。
これは
世界と主体のあいだに、
壊れきらない接続がある
という信頼です。
2 構造実在論は希望を支えられるか?
徹底的構造実在論は言います:
世界は構造である。
これだけでは冷たい。
しかし、もう一歩進めるとこうなります:
- あなたも構造である
- あなたの苦しみも構造である
- 構造は理解可能である
ここで重要なのは、
構造であるということは、
変換可能であるということ
です。
カオスは変換できません。
構造は変換できる。
この一点が、希望の入り口になります。
3 適応主義ではなぜ足りないのか
もしすべてが単なる適応なら、
- 真理は生存戦略
- 意味は神経活動
- 回復は局所安定
それでも生きられるかもしれません。
しかしそこには
深い正当性
が欠けます。
「うまく機能している」ことと
「本当に接続している」ことは違う。
あなたが求めている希望は、
後者です。
4 実存的希望を守る最低条件
希望を守るには、少なくとも:
- 世界は完全な無秩序ではない
- 理性は世界に触れている
- 主体は構造の内部に属している
この三つが必要です。
これは実は、
穏やかな構造実在論の形です。
強すぎる形而上学は不要です。
必要なのは、
世界と理性の同型性
です。
5 ここで決定的に重要な点
構造実在論を徹底すると、
あなたは宇宙の外部観察者ではなくなります。
あなたは
宇宙内部の構造が、
自己を部分的に明らかにしている場
になります。
これは「自然の自己認識」という壮大な神話よりも、
はるかに静かな立場です。
しかしこの静かな立場のほうが、
実存的には強い。
なぜなら、
あなたの理解は幻想ではない。
それは構造内部の出来事だからです。
6 希望の最小定義
実存的希望とは、
世界が完全に他者ではないということ。
構造実在論を穏やかに採ると、
世界は敵でも神秘でもなく、
あなたと同じ論理で動く構造になる。
それは保証ではない。
しかし断絶でもない。
