ルイス・サス(Louis Sass)とヨーゼフ・パルナス(Josef Parnas)による「イプセリティ(自己性)障害モデル(Ipseity-disturbance model)」は、現代の現象学的精神病理学において、統合失調症の本質を説明する最も有力な理論の一つです。
このモデルは、統合失調症を「信念の誤り(妄想)」や「知覚の誤り(幻覚)」としてではなく、もっと手前の「自己意識の根本的な構造変化」として捉えます。
以下に、その核心的な概念を詳しく解説します。
1. 「イプセリティ(Ipseity)」とは何か?
「イプセリティ」とは、ラテン語の ipse(自己自身)に由来し、日本語では「一事性」や「自己性」と訳されます。これは、私たちが「私は私である」とわざわざ考えなくても、あらかじめ(前反省的に)感じている「自分らしさ」や「私のもの感(Mineness)」を指します。
- 叙述的自己(Narrative Self): 「私は会社員だ」「私は優しい人間だ」という、言葉で説明できる自己。
- 最小限の自己(Minimal Self / Ipseity): 何かを経験する際、その経験が「他ならぬ私の経験である」という直接的な感覚。
パルナスらは、統合失調症の核心には、この「最小限の自己(イプセリティ)」の揺らぎがあると考えました。
2. モデルを構成する2つの柱
イプセリティ障害は、対照的な2つの現象が同時に、あるいは相互補完的に起こることで成立します。
① ハイパー・リフレキシビティ(過剰反省 / Hyper-reflexivity)
通常、私たちの意識において「見ている自分」や「考えているプロセス」は、背景に隠れて透明な存在です。しかし、このモデルでは、本来背景にあるべき「意識のプロセスそのもの」が、前景にせり出し、観察対象(物体)のようになってしまう現象を指します。
- 例: ピアノを弾くとき、指の動きを意識しすぎると弾けなくなるように、通常は自動的・無意識に行われる精神活動(思考の湧出、視線の動き、呼吸など)が、いちいち「対象」として意識に突き刺さってくる状態です。
② 自己触発の減弱(Diminished Self-affection)
これは、自分が経験しているという「生々しさ」や「没入感」が失われることです。
- 現象: 世界や自分の肉体が遠く感じられ、自分が経験の主体(センター)にいるという感覚が希薄になります。先ほどの「能動性の低下」や「離人症的感覚」の根源にあるものです。
3. このモデルによる症状の解釈
サスとパルナスは、この2つのメカニズム(過剰反省と自己触発の減弱)によって、統合失調症の複雑な症状を鮮やかに説明しました。
- 幻聴の発生メカニズム:
- 自分の内面で「思考(発話の準備)」が起こる。
- 「自己触発の減弱」により、その思考に「私のもの感」が伴わない。
- 「ハイパー・リフレキシビティ」により、その思考のプロセスが過剰に意識の対象(物体)として際立つ。
- その結果、自分の思考が「外からやってくる物理的な音(他者の声)」として体験される。
- 作為体験の発生メカニズム:
自分の意志や運動が、あまりに客観的・観察的に捉えられ(ハイパー・リフレキシビティ)、そこに「私がやっている」という生々しい感覚(自己触発)が欠けているため、その空白を埋めるために「誰かに操られている」という妄想的解釈が入り込む余地が生まれる。
4. 発症の階層プロセス(EASEという視点)
パルナスらは、この微細な自己意識の変容を臨床的に評価するためにEASE(Examination of Anomalous Self-Experience:異常自己体験の評価尺度)を開発しました。これに基づくと、発症プロセスは以下のように進みます。
- 自己存在の不安定化: 鏡の中の自分が自分に見えない、自分の存在が透明になったような感覚。
- 意識の過剰な際立ち: 自分の思考が頭の中で反響する、視界が断片化して見える。
- 身体性の変容: 自分の腕が機械のパーツのように感じられる。
- 他者との境界の透過: 自分の考えが外に漏れている、あるいは他人の考えが流れ込んでくる。
5. このモデルの意義
従来の精神医学では、幻聴や妄想は「脳の誤作動による偽の情報の発生」と見なされがちでした。しかし、サスとパルナスのモデルは、それらを「自己というレンズの歪み」として捉え直しました。
- 能動性と自己所属感の観点から言えば:
イプセリティ障害とは、「自己所属感(Ownership)」という土台が崩れる(自己触発の減弱)ことで、その上に乗っている「能動性(Agency)」が空回りし、自分自身の活動が「他者の活動」として観察の対象になってしまう(過剰反省)プロセスであると言えます。
この理論は、統合失調症患者が感じる「言葉にできない奇妙な違和感」を、哲学的な精密さで記述することに成功しており、早期発見や心理的理解において非常に重要視されています。
