外部実在と脳 進化論的認識論-15


外部実在と脳

― 数学の有効性に関する進化論的認識論的考察 ―

要旨

数学が自然科学において驚異的な成功を収めている理由は何か。本稿は、純粋実在論および純粋構成主義の双方の限界を指摘したうえで、進化論的認識論の枠組みによってこの問題を再構成する。すなわち、世界に一定の構造が存在すること、およびその構造を近似的に写像する神経系が自然選択によって形成されたことの相互作用によって、数学の自然への適合が説明可能であることを論じる。結論として、自然法則は外部実在と認知構造の「共同産物」として理解されるべきであると主張する。


1 問題設定

自然科学の歴史において、数学は単なる記述の道具を超え、予言の装置として機能してきた。

たとえば、

e^(iπ) + 1 = 0

というオイラーの恒等式や、

E = mc^2

というアインシュタインの関係式は、それぞれ異質と思われていた概念群を統一的な構造のもとに置いた。

ここで問うべきは、「それらが美しいかどうか」ではない。
問題は、なぜ抽象的記号操作が物理的現象を正確に予測しうるのか、という点にある。

数学は人間が構築した体系である。他方、自然は人間とは無関係に存在している。両者のあいだにこれほどの整合性があるのはなぜか。この問いが本稿の出発点である。


2 従来の二つの立場

2.1 実在論的立場

第一の立場は、自然そのものが数学的構造を有しており、人間はそれを発見しているにすぎないとする見解である。ここでは数学は世界の本質的構造の写像である。

しかしこの立場は、「なぜ人間の知性がその構造を把握できるのか」という第二の問題を残す。

2.2 構成主義的立場

第二の立場は、数学は人間の構成物であり、自然への適用は道具的成功にすぎないとする見解である。

しかしこの説明では、数学が単なる整理道具を超え、新しい自然現象を予測しうる点を十分に説明できない。

両者はいずれも決定的ではない。


3 進化論的認識論の枠組み

ここで参照されるのが、Konrad Lorenz に代表される進化論的認識論である。

その基本的仮定は以下の二点に要約できる。

  1. 世界には一定の規則性が存在する。
  2. その規則性をより適切に把握できる個体は生存上有利である。

もしこの二条件が成立するならば、自然選択の結果として、世界の構造をある程度反映した神経系が形成されることは合理的に予想される。

ここで重要なのは、進化が「真理」を目標とするわけではないという点である。目標はあくまで生存である。しかし、生存のためには環境の規則性を一定の精度で捉える必要がある。

したがって、脳は世界の構造の近似写像として形成される。


4 抽象化能力の拡張としての数学

生物にとって必要なのは、重力や因果関係、数量などの基本的把握である。しかし人間はそこからさらに進み、抽象的記号体系を構築した。

この飛躍は、パターン抽出能力と再帰的記号操作能力の発達によって説明できる。すなわち、

  • 共通構造を抽出し
  • 記号化し
  • その記号を再操作する

という能力が高度化した結果、数学が成立した。

数学は生存のために進化した認知機構の副産物であるが、その副産物が極端に拡張されたものである。


5 自然法則の二重起源

以上を踏まえると、自然法則は次のように理解できる。

第一に、世界の側に一定の構造が存在する。
第二に、その構造を近似的に写像する脳が進化した。
第三に、その写像を抽象化した体系が数学である。

したがって、自然法則は

  • 世界の客観的構造に由来し
  • 同時に、それを抽象化する認知装置に依存する

という二重の起源を持つ。

自然法則は純粋に外部実在の産物でもなく、純粋に主観の産物でもない。両者の相互作用の結果として成立する。


6 限界と残された問題

この説明は数学の有効性を自然化する。しかしなお問題は残る。

高度に抽象的な理論数学が、経験を超えた領域で物理理論と一致する場合、それを単なる適応の副産物として説明しきれるかは未解決である。

それでもなお、少なくとも次のことは言える。

数学の成功は奇跡ではない。
それは、規則性を持つ宇宙と、その規則性に適応してきた神経系の長期的相互作用の結果である。


7 結論

数学が自然に有効である理由は、外部実在と認知構造の適合に求められる。

宇宙が完全な無秩序であれば、認識は成立しなかった。
認知構造が世界に適応していなければ、生存も成立しなかった。

数学は、その適応の極限形態である。

したがって、自然法則は

外部実在と脳の協働的産物

として理解されるべきである。

この視点は、実在論と構成主義の対立を超える一つの可能な中間的立場を提示する。


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