数学が自然理解に有効なのは、脳が進化の中で世界の構造を転写したからである 進化論的認識論-14

「数学が自然理解に有効なのは、脳が進化の中で世界の構造に適応してきたからではないか」

という仮説を、理論的に整理し、しかも専門知識のない読者にも分かるように、書きます。


外部実在と脳

― なぜ数学は自然にこれほど有効なのか ―

(進化論的認識論の精密化)


1 奇妙な事実から出発する

たとえば、

Leonhard Euler の公式

[
e^{i\pi}+1=0
]

あるいは

Albert Einstein の式

[
E=mc^2
]

これらを見ると、多くの人が「美しい」と感じる。
しかし冷静に考えると、もっと奇妙な事実がある。

それは――

なぜ、紙の上の記号操作が、宇宙の現象を正確に予言できるのか?

これは決して当たり前ではない。

  • 数学は人間が作った記号体系である。
  • 自然は人間とは無関係に存在している。

それなのに、両者は驚くほど一致する。

この一致は、なぜ起こるのだろうか。


2 単なる「便利さ」ではない

「数学は便利な道具だから」と言うこともできる。
しかしそれでは十分ではない。

数学は単に整理するだけでなく、

  • 惑星の位置を予言し
  • 光の振る舞いを記述し
  • 原子の構造を予測し
  • ブラックホールの存在まで予見した

つまり、まだ観測されていない現象まで言い当てる。

これは偶然とは思えない。


3 二つの極端な立場

この問題に対して、大きく二つの考え方がある。

① 純粋実在論

自然の側に数学的構造がある。
人間はそれを「発見」しているだけだ、という立場。

② 純粋構成主義

数学は人間の頭の中の構成物であり、
自然に当てはまるのは偶然か、あるいは定義の問題だ、という立場。

しかしどちらも十分ではない。


4 進化論的認識論という第三の道

ここで登場するのが、

Konrad Lorenz が提唱した
「進化論的認識論」である。

考え方は単純である。

仮定1

世界にはある程度の規則性がある。

仮定2

その規則性を正しく把握できた個体のほうが、生存に有利である。

この二つが正しければ、どうなるか。

規則性をうまく捉える神経系を持つ個体が生き残る。
捉えられない個体は淘汰される。

その結果、

世界の構造にある程度似た脳構造が選択される。


5 脳は世界の写像装置である

重要なのはここである。

進化は「真理」を目指しているわけではない。
目指しているのは「生存」である。

しかし、

  • 重力をある程度正しく把握できなければ落下する。
  • 因果関係を理解できなければ危険を避けられない。
  • 数量を把握できなければ資源管理ができない。

したがって、生き延びるためには、
世界の法則をある程度内部に写し取る必要がある。

脳は、世界の構造を完全には写さない。
しかし生存に十分な精度で写す。

この「写像能力」が高度化した結果、
抽象化能力が生まれ、数学が生まれたと考えられる。


6 なぜ「高度な数学」まで可能なのか

ここで疑問が生じる。

狩猟採集に必要なのは、せいぜい数の感覚や空間認識である。
それなのに、なぜ微分方程式や量子力学まで可能なのか。

答えは「抽象化の拡張」にある。

脳は

  • パターンを抽出し
  • 共通構造を見抜き
  • 記号化し
  • それを再操作する

という能力を進化させた。

この能力は本来、生存のためだった。

しかし一度獲得されると、
それは生存を超えて、純粋理論へと拡張される。

つまり、

数学は、生存のために進化した認知装置の“副産物”が極限まで発達したもの

と見ることができる。


7 では、自然法則は「脳の産物」か?

ここで誤解してはいけない。

進化論的認識論は、
自然法則が頭の中の幻想だと言っているわけではない。

世界に規則性がなければ、
そもそも脳は進化できなかった。

しかし同時に、

規則性を「法則」という形で切り出し、
方程式にまとめ、
対称性や保存則として表現するのは、
脳の働きである。

だからこう言える。

自然法則は、
世界の側の構造と、
脳の側の抽象能力の、
共同作品である。


8 なぜ「半分ずつ」なのか

この問題を整理すると、三層構造になる。

① 世界に客観的な規則性がある
② それをある程度写し取る脳が進化した
③ その写像をさらに抽象化したものが数学である

数学が有効なのは、

  • 世界が無秩序ではないからであり
  • 脳がその秩序に適応してきたからである

どちらか一方だけでは説明できない。


9 偶然か、必然か

最後に、重要な問いが残る。

それでもなお、
高度に抽象的な数学が宇宙に適合することは、
単なる進化適応を超えているようにも見える。

ここで二つの可能性がある。

  • 宇宙は本質的に数学的構造を持っている
  • あるいは、数学的に捉えられる部分だけを私たちは「理解可能な世界」と呼んでいる

どちらが正しいかは分からない。

しかし少なくとも言えることは、

数学が有効なのは奇跡ではなく、
生物進化の延長線上にある現象として理解できる可能性がある

ということである。


10 結論

数学は天から降ってきたものではない。

それは、

  • 規則性をもつ宇宙と
  • その規則性に適応してきた脳と
  • 抽象化能力の爆発的拡張

の交差点に生まれた。

だから数学は自然に有効なのである。

驚くべきことではあるが、
魔法ではない。

それは、
宇宙と生命が長い時間をかけて作り上げた
静かな必然なのかもしれない。


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