統合失調症の発症プロセス 現象学的階層モデル 時間遅延モデル-4

統合失調症の発症プロセスを、先ほどの「現象学的階層モデル」に当てはめて論じると、それは「自明性の喪失から始まり、自己の領土が他者に侵食・簒奪(さんだつ)されていく過程」として描き出すことができます。

このプロセスを、現象学的精神病理学(J.sassやParnasの「イプセリティ(自己性)障害モデル」)の視点を交えて、段階的に解説します。


1. 揺らぎの始まり:前反省的自己意識の減弱(階層L2相当)

【前兆期:自明性の喪失】
発症の最初期において、患者は具体的な症状(幻聴など)を持つ前に、「何かがおかしい」という漠然とした違和感を抱きます。これはブランケンブルグが言う「自明性の喪失」です。

  • 現象学的変化: 通常、私たちは「自分が自分であること」を意識せずに(前反省的に)生きていますが、この「生々しい自己感(イプセリティ)」が希薄化します。
  • 能動性・所属感: 能動性はまだ保たれていますが、「自己所属感(Ownership)」が質的に変化(脱色)します。自分の手や声が、まるで他人のものや機械のパーツのように感じられる「離人性」の段階です。

2. 意識の分節化と過剰反省(階層L3相当)

【微細な自生思考の出現】
自己所属感が希薄になると、本来なら意識の背景に退いているはずの「思考のプロセス」が、前景に浮上してきます(過剰反省)。

  • 現象学的変化: 思考が「自分が生み出したもの」という滑らかな感覚を失い、断片化して勝手に湧き上がってくるように感じられます。これが「自生思考」です。
  • 能動性・所属感: ここで「能動性(Agency)」の最初の決定的な亀裂が生じます。「考えているのは私だが、考え始めたのは私ではない」という、自己内部における「能動的自己」と「受動的自己」の分離が始まります。

3. 境界の亀裂と外部への投射(階層L4相当)

【幻覚の発現:トレマからアポフェニーへ】
自己の内部で処理しきれなくなった「自律的な思考(自生思考)」は、もはや「自分の内部の出来事」として維持できなくなります。意識の境界線(自我境界)に穴が開き、内部のものが外部へ漏れ出します。

  • 現象学的変化: 自分の思考が、頭の中で響く「声」として対象化されたり(考想拡声)、壁の向こうから聞こえる「他人の声」として体験されたりします(幻聴)。
  • 能動性・所属感: ここで「自己所属感」が完全に切断されます。かつては自分の思考であったものが、空間的に外側に配置されることで、「他者の所有物」へと変換されます。これは、耐え難い「自己のコントロール喪失」を、外部の原因に帰属させることでつじつまを合わせようとする、心の適応(あるいは防衛)とも解釈できます。

4. 主体の簒奪:境界の完全崩壊(階層L5相当)

【作為体験:アポカリプス(終末)的段階】
最終的に、自己と世界の境界線が完全に消失します。もはや「私の内面」というプライベートな空間は存在しなくなり、世界(他者)が直接自分の身体や精神に流れ込んできます。

  • 現象学的変化: 自分の腕が動く、あるいは自分が何かを考える。その事象そのものは知覚されていますが、その「源泉(ソース)」が他者に置き換わります。これが「させられ体験(作為体験)」や「思考吹入」です。
  • 能動性・所属感: ここでは能動性が「奪われている」だけでなく、「他者の能動性が私を支配している」という主客の逆転が起こります。自己所属感は完全に剥奪され、自分の身体は「他者の意志の操り人形」という、最も深刻な存在論的危機に達します。

結論:プロセスの本質

このプロセスを俯瞰すると、以下の3つの質的な転換が見て取れます。

  1. 「透明な自己」から「不透明な自己」へ:
    当たり前に使っていた自己という道具が、故障して異物(離人症・自生思考)として意識される。
  2. 「中心性の喪失」:
    自分が世界の中心であり、自分の思考の主導権を握っているという感覚(能動性)が崩れる。
  3. 「空間的・存在論的な逆転」:
    内側にあるべきものが外側に置かれ(幻聴)、外側にあるべき「他者の意志」が内側に居座る(作為体験)。

統合失調症の発症プロセスとは、単に「変な体験が加わる」ことではなく、「能動性と自己所属感という、私を私たらしめている根源的な枠組みが、階層的に、かつドミノ倒しのように崩壊していく過程」であると言えます。

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