能動性 自己所属感 自我障害 時間遅延モデル-1

自我の「能動性(Agency:私がそれを行っているという感覚)」と「自己所属感(Ownership:それが私に属しているという感覚)」の障害は、精神医学や現象学的精神病理学において「自我障害(Ich-Störung)」として非常に重要なテーマです。


1. 概念の整理

まず、比較の基準を明確にします。

  • 能動性の障害: 「自分がその行為や思考の源泉(エージェント)である」という感覚の喪失。
  • 自己所属感の障害: 「この思考や運動は自分自身の体験である」という感覚の喪失。

2. 能動性の障害(Agency)の程度による配列

(能動性の感覚が「保たれている」ものから、「完全に奪われている」ものへ)

  1. 強迫観念(強迫性障害):
    • 能動性は低下している(考えたくないのに考えてしまう)。しかし、「自分が考えている」という自覚はあり、完全な喪失ではない。
  2. 自生思考(統合失調症初期など):
    • 思考が勝手に湧き上がってくる。自分の意図で始めた思考ではない(能動性の欠如)が、まだ「他人にさせられている」という確信までは至らないことが多い。
  3. 幻聴(統合失調症など):
    • 「声」は自分の意図(能動性)とは無関係に聞こえる。発話主体が自分ではないと感じる。
  4. させられ体験・作為体験(統合失調症):
    • 【最大級の障害】 自分の体が動いているが、それは「自分ではなく、他者が操っている」と感じる。能動性が完全に他者に帰属させられている。

3. 自己所属感の障害(Ownership)の程度による配列

(「自分のものだ」という感覚が「ある」ものから、「完全にない(他人のものだ)」ものへ)

  1. 強迫観念:
    • 「嫌な考えだが、自分の頭の中で起きていることだ」という所属感は強く保たれている。
  2. 離人症:
    • 自分の体や心が「自分のものではない(あるいは遠くにある)」ように感じる。しかし、知的な判断としては「自分のものである」とわかっている(現実検討能力は保たれている)。
  3. 自生思考:
    • 「どこからか湧いてきた思考」であり、所属感は希薄。しかし、まだ「他人の思考が混じった」という感覚まではいかない段階。
  4. 幻聴:
    • 自分の内部(または外部)で響くが、所属感は完全に失われ、「他人の声」として体験される。
  5. 思考吹入(考えを吹き込まれる):
    • 【最大級の障害】 自分の頭の中にある思考を「これは私の思考ではなく、他人の思考が入り込んできたものだ」と感じる。場所(自分の頭)と所有者(他人)が乖離する極限の状態。

4. 統合的なマトリックスと追加症状

これらを一つの表的な視点で整理すると、以下のようなグラデーションが見えてきます。

症状能動性 (Agency)自己所属感 (Ownership)特徴
強迫観念抵抗している(部分的に維持)維持自分の考えだと認めているが、制御不能。
離人症維持(しているつもり)減弱「自分の感じがしない」という違和感が主。
チック・トゥレット喪失(勝手に動く)維持「自分の体が勝手に動く」が、他人の仕業とは思わない。
自生思考喪失(勝手に湧く)境界自分の思考かどうかの境界が曖昧になる。
幻聴完全喪失完全喪失聞こえてくる内容は、完全に他者のもの。
作為体験完全喪失逆転自分の動きが「他人の意志」に置き換わる。
思考吹入完全喪失完全喪失自分の内面空間に「他人の所有物」が置かれる。

その他、検討すべき症状

  • エイリアン・ハンド症候群(神経学的症状):
    • 脳梁の損傷などで、片手が自分の意志(能動性)に反して勝手な目的動作をする。能動性は失われるが、精神病のような「他者の陰謀」という確信(妄想的説明)を伴わない点が異なります。
  • 離脱体験(思考奪取):
    • 自分の考えていたことが吸い取られる。自己所属感の対象(思考)そのものが消滅する極端な例です。
  • 解離性同一性障害(いわゆる多重人格):
    • 交代人格が行動している間、主導的人格は能動性も所属感も完全に失います(健忘を伴うことが多い)。

結論として

能動性と自己所属感は、通常はセットで機能していますが、精神症状においては「能動性が先に失われ、その後に所属感が失われる」という順序がある程度見て取れます。

  • 「自分でやっていないが、自分の体験だ」(チック、軽度の自生思考)
  • 「自分でやっていないし、自分のものではない」(幻聴、思考吹入、作為体験)

このように、「他者への帰属(他人のせいにする)」が加わった時、自我の障害は最も重篤(統合失調症の基本症状的)になると言えます。

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