- 脳内世界モデル仮説
- 情報構造としての認知
- 進化論的認識論
を土台として、それを統合失調症モデルと接続する。
脳内世界モデルと統合失調症
― 進化論的認識論と情報構造破綻モデルの統合 ―
要旨
本稿は、脳内世界モデルを情報構造として理解する立場を、統合失調症の理論モデルへ接続することを目的とする。進化論的認識論によれば、認知は生存適応のための近似的構造写像である。本稿は、この写像過程における誤差最小化機構の不安定化が、統合失調症における妄想および知覚異常の理論的基盤となる可能性を検討する。妄想は意味の欠如ではなく、情報構造の再編成の結果として理解される。
1.問題設定
統合失調症は、
- 妄想
- 幻覚
- 思考障害
- 自我障害
などを特徴とする。
しかしこれらを単なる「現実からの逸脱」として記述するだけでは、理論的説明としては不十分である。
本稿の問いは次である。
脳内世界モデルという観点から、統合失調症をどのように理解できるか。
2.正常認知:予測と誤差修正の循環
正常な認知では、脳は次の循環を持つ。
- 内部モデルによる予測
- 感覚入力との照合
- 予測誤差の算出
- モデル更新
この誤差最小化過程により、外界との整合性が維持される。
進化論的観点では、この予測・更新機構は生存に有利であるために選択された。
3.統合失調症における誤差処理の異常
統合失調症モデルの多くは、誤差処理の異常を想定する。
理論的には、以下の二つの方向が考えられる。
3.1 誤差過大評価
通常は無視される微小な感覚変動が「重要な差異」として強調される。
その結果、
- 何気ない視線が意味を持つ
- 偶然の出来事が意図的に感じられる
という現象が生じる。
これは情報構造における「ノイズの信号化」である。
3.2 誤差更新の固定化
一度形成された仮説が、反証によって修正されにくくなる。
その結果、妄想は持続し、世界モデル全体が再構成される。
ここでは「局所整合性」が「全体整合性」に優先する。
4.妄想を情報構造の再編成として理解する
妄想は単なる誤った信念ではない。
それは、異常な体験を説明しようとする認知システムの試みである。
例えば:
- 知覚が変容する
- 自己感覚が変化する
この異常体験を整合的に説明するため、最も意味のある仮説が採用される。
その仮説が
- 被害妄想
- 関係妄想
- 誇大妄想
といった形を取る。
重要なのは、妄想は無秩序ではなく、過剰な秩序化の結果であるという点である。
5.進化論的観点からの位置づけ
進化論的認識論に立てば、認知は常に
- パターン検出
- 意図推定
- 因果探索
を行う。
これらは通常は適応的である。
しかし、
- 誤差信号が過大化
- 信念更新が過度に強化
- あるいは逆に更新が停止
した場合、認知は極端な方向に偏る。
統合失調症は、適応機構の破壊ではなく、
適応機構の不安定化または暴走と理解できる。
6.自我障害の情報構造的解釈
統合失調症では、自我境界の曖昧化が報告される。
これは情報構造の観点からは、
- 自己モデルと外界モデルの区別
- 行為主体の帰属
が不安定化した状態と理解できる。
通常、脳内世界モデルには「自己」という安定した参照点が存在する。
この参照点が揺らぐと、
- 思考吹入
- 作為体験
などの現象が生じる。
これは情報構造の階層的統合の破綻である。
7.理論的統合図式
ここまでを整理すると、次の図式が得られる。
世界の構造
→ 進化により形成された神経構造
→ 脳内世界モデル
→ 予測・誤差修正循環
この循環の不安定化
→ 情報構造の再編成
→ 妄想・幻覚・自我障害
統合失調症は、世界モデルの「欠如」ではなく、
更新機構の不均衡と理解される。
8.臨床的含意
このモデルは、臨床実践にいくつかの示唆を与える。
- 妄想は意味のない誤りではなく、整合性回復の試みである。
- 治療は単なる否定ではなく、モデルの再安定化を目指す。
- 安定した予測可能性の回復が治療目標となる。
薬物療法は誤差信号の過剰活性を抑制する方向に働くと考えられる。
9.結論
統合失調症は、
- 情報構造の崩壊ではなく
- 情報統合の不安定化であり
- 誤差最小化機構の異常である
進化論的認識論の枠組みでは、これは適応機構の破壊ではなく、その極端化または調整不全と理解される。
妄想は、意味の欠如ではなく、
意味を過剰に求める認知の帰結である。
