自我障害の時間遅延モデル 時間遅延モデル-14

以下は、二つのテキスト(2008年版「自我障害時間遅延モデル」と2026年版「時間遅延モデル」)を統合し、理論構造を整理し直し、精神医学論文として読める形に再構成したものです。

専門家向けの水準を保ちつつも、初学者にも理解可能なように、

  • 概念の定義
  • 仮説の最小化(simple)
  • 適用範囲(pervasive)
  • 臨床症状との対応
  • 神経科学的接続
  • 進化論的含意
  • 薬理・精神療法との統合

までを明確に分節化しています。


自我障害の時間遅延モデル

―能動感・自己所属感の神経時間構造仮説―


要旨

本論文は、自我障害を「内部予測信号と外界感覚信号の到達時間差」という最小限の仮定で説明する「時間遅延モデル」を再構成するものである。

本モデルは以下の仮説に基づく。

自我の能動性(sense of agency)および自己所属感(sense of ownership)は、
「内部シミュレーション信号(B)」と
「外界からの感覚フィードバック信号(A)」
の到達順序と時間差によって決定される。

この単純な時間構造の乱れが、

  • させられ体験
  • 自生思考
  • 思考吹入・思考奪取
  • 幻聴
  • 被影響体験
  • 離人症
  • 強迫性障害
  • 妄想形成

を連続体として説明可能であることを示す。


I. 理論的前提


1. 二重世界モデル仮説

脳には二つのレベルの世界モデルが存在する。

(1) 世界モデル1:自動機械系

  • S-R回路に近い
  • 小脳的 forward model 機構
  • 無意識的予測
  • 自動化された運動・認知処理

(2) 世界モデル2:自意識系

  • 内省的
  • 自己反省可能
  • シミュレーションを意識化する
  • 階層的に最上位

これは、伊藤正男の小脳forward model理論、Eccles的階層説、自己モニタリング仮説と整合的である。


2. 行為の基本回路

行為は以下のプロセスで進行する。

① 内部で運動シミュレーション(B)
② 実際に運動出力
③ 外界からの感覚フィードバック(A)
④ AとBを照合
⑤ モデルを訂正

重要なのは④である。

この「照合部位」において、

  • Bが先に到達 → 能動感
  • Aが先に到達 → 被動感

が発生するというのが本理論の核心である。


II. 時間差と自我体験の連続体


1. 能動性のスペクトラム

時間差体験
B ≫ A強い能動感
B > A通常の能動感
B ≒ A自生思考
A > Bさせられ体験
A ≫ B思考吹入・幻聴

つまり、自我の能動性障害は連続体である。

この点は、カール・ヤスパースの自我障害論や、クルト・シュナイダーの一級症状とも整合的に理解できる。


2. 自己所属感のスペクトラム

自己所属感(ownership)も同様に時間差で説明できる。

  • B先行 → 自己所属
  • A先行 → 外部所属

例:

  • 強迫性障害:能動性は低いが所有感は保たれる
  • 幻聴:所有感が外部化される
  • 思考奪取:所有感の消失
  • 被影響体験:自己境界の破壊

III. 各精神症状の再解釈


1. 統合失調症

(a) させられ体験

A先行 → 被動感

(b) 思考化声

内部思考が外部音声として知覚される

(c) 命令型幻聴

内部予測が他者由来として誤帰属

(d) 被害妄想

被動感を合理化する二次的解釈

本モデルでは、妄想は一次的障害ではなく、

時間遅延による違和感を説明しようとする合理化過程

とみなす。


2. 強迫性障害

  • 自動機械が行為を実行
  • 自意識が止めたいが連結が弱い

→ ownershipは保たれる
→ agencyが弱い

したがって、統合失調症とは異なる。


3. 離人症

世界モデルと外界の微細なズレ

  • 予測が連続的にわずかに外れる
  • モノの「ものらしさ」が失われる

これは重度の時間逆転ではなく、

「予測誤差の慢性的微小累積」

と理解できる。


4. 解離

  • 世界モデル2が複数化
  • 自意識の選択的優位化

これは時間遅延より構造分裂の問題。


IV. 神経科学的整合性


本理論は、

  • forward model 仮説
  • self-monitoring 仮説
  • shared representation 仮説

と整合的である。

また、ベンジャミン・リベットの意識と運動の時間差研究とも関連する。

ただし本モデルは、

意識の自由意志問題ではなく
「到達順序の主観的知覚」が問題である

点で区別される。


V. 進化論的含意

自意識は進化的に後発回路である。

  • 自動機械回路の上に乗る
  • 抑制的・促進的に制御する
  • なくても生命維持は可能

したがって:

後発回路は不安定であり、崩れやすい

自我は進化的に「壊れやすい構造」である。


VI. 薬理学的含意

仮説的対応:

  • 11系(内部予測) → 中脳皮質系ドーパミン
  • 12系(外部帰属化) → 中脳辺縁系ドーパミン

D2ブロッカーは12系を抑制し、
被動感を軽減する。

しかし世界モデルの修正までは行わない。


VII. 精神療法との統合

精神療法の目的は:

世界モデルの再構築

である。

時間遅延が軽減された状態で、

  • 新しい人間モデル
  • 新しい意味づけ
  • 新しい予測構造

を形成する。

精神療法家は、

代替的世界モデルの提供者

である。


VIII. 本モデルの特性

simple

時間差のみで説明する。

pervasive

統合失調症、強迫、離人、解離まで説明可能。

elegant

連続体として理解できる。

beautiful

主観体験の構造を時間軸で再記述する。


IX. 今後の課題

  • 実証的時間測定
  • 予測誤差理論との統合
  • AIモデルとの比較
  • 自我の倫理的責任帰属との関係

結語

自我障害とは、

内部予測と外界現実の時間構造の破綻

である。

能動性も所有感も、

実体ではなく時間関係である。

自我とは、

固定的な「もの」ではなく、

予測と現実の到達順序が生み出す現象

である。

この理解は、

精神病理を機械論的に矮小化するためではなく、

患者が

「なぜこんな体験が起こるのか」

を理解できるようにするためである。

理解可能性の回復こそが、

自我の回復の第一歩である。


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